5/2の朝日新聞の「私の視点」というコラムにピーター・アーリンダー(弁護士・米ウィリアム・ミッチェル・ロースクール教授)氏の「保険金不払い キツネに鶏の番をさせる愚」という文章が載っていました。
そこではこの3月から始まった明治安田生命の「保険金・給付金のお支払いに関する不服申立制度」の問題点を指摘しています。
なぜだかこの制度、会社のHPからは削除されているので制度の概要をリリースにそって説明すると以下のようになります。
明治安田生命保険相互会社(社長 松尾 憲治)は、業務改善計画に基づき、保険金等のお支払いに関する不服のお申し出について、社外弁護士がお支払いに関するご相談に応じる「保険金・給付金のお支払いに関する不服申立制度」を2006 年3 月28 日に開設することといたしました。
■対象とするご相談
原則として、保険金等のお支払いに関して支払相談室のご説明ではご納得いただけず、第三者へのご相談をご要望される場合にご利用いただけます。なお、訴訟継続中の場合や生命保険協会裁定審査会への裁定申立、各弁護士会が行なう紛争解決センターによるあっせん手続き・仲裁手続きの申立が行なわれた事案などの場合は、本制度をご利用いただくことはできません。
■ご相談方法
当社と業務委託契約を締結した社外弁護士と、原則として直接面談方式で行ないます(名古屋・大阪では遠隔映像機器により面談方式でご相談いただけます)。
■社外弁護士のご説明について
・社外弁護士は第三者の立場に立って、査定結果とお申し出内容の相違点を法令・約款に照らして、法的観点から整理し論点のご説明などをいたします。
・法的手続きに要する費用等の一般論および過去の判例等の一般的な法律相談を実施いたします。
・ご相談の結果、お客さまが要望される場合、および社外弁護士が再査定を相当と判断した場合は、当社支払査定部署に対して再査定を要請いたします。再査定にあたっては、「保険金等支払審査会(他の社外弁護士を含んで構成)」に審査を依頼いたします。
■ご相談費用・ご相談費用は原則として無料といたします。
■その他・本制度によるご相談案件に関し、当社とお客さまの間に法的紛争が生じた場合、当社は社外弁護士を代理人とする訴訟等委任は行なわず、社外弁護士はお客さまからの訴訟等委任は受任いたしません。
アーリンダー氏は、”加害者”である会社と契約した弁護士から”被害者”である顧客がアドバイスを受けると言う制度の矛盾を指摘します。つまり、弁護士は依頼人の利益のために行動するのが使命で、対立する第三者へのアドバイスは利益相反であり、そもそも「第三者的なアドバイス」は期待できない、ということです。 上の青字のところが矛盾している、ということですね。
相談に行った人が、「金に困っているから早く処理したい」という秘密をその弁護士に語ったとき、その弁護士はその秘密を会社に伝えないといえるのか。それを知った会社は、交渉上有利になるのは確実だ(中略)
「第三者」を装った弁護士が被害者の情報を収集、あるいは被害者が真に自分の利益を守ってくれる弁護士に依頼し、会社を訴えるなどという方向に行かないように操作する。このような親切ごかしの手法で被害者を「囲い込む」ことが日本では広く行われている、という。
前段の利益相反の指摘はもっともだ思いますが、私はその程度の事は日本の消費者もお見通しなので、この制度自体が利用されないのではないかと思います。
利用されないことを承知で世間へのアピールのために作ったとしたらそれはそれで問題だと思いますし、もし機能させるなら、弁護士会でも間に入れて「資金は提供するが運営は弁護士会が行う」くらいの客観性を持たせたほうが良かったのではないかと思います。
なので、後段のようなことが「広く行われている」ほど日本の企業がひどいとは私は思っていないので、ここまで言われるとせっかくの鋭い指摘が偏見を根拠にしているようでちょっと残念です(だからアメリカ人は・・・とかアメリカの弁護士は建前はさておき実際もそんなにご立派なのかい?と言いたくなってしまいます)
ところで、この「第三者の立場にたつ当社と業務委託契約を締結した社外弁護士」という業務は受託可能なのでしょうか?
久しぶり登場の日弁連の弁護士職務基本規程によれば
第三十二条 弁護士は、同一の事件について複数の依頼者があってその相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは、事件を受任するに当たり、依頼者それぞれに対し、辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならない。
とあるので、相談者に「第三者といっても依頼者は保険会社ですけどいいですか」と言えばいいのでしょうが、それだと機能しませんね。
第二十条 弁護士は、事件の受任及び処理に当たり、自由かつ独立の立場を保持するように努める。
第二十一条 弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める。
第二十二条 弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする。
この辺の条項を根拠に、「依頼者が「第三者的に判断してくれ」と言っているのだからそれを尊重して判断すれば、利益相反の問題はなく第三者的なアドバイスができる」というようなロジックを組んでいるのでしょうか。
「依頼者の利益」よりも「自由かつ独立」が先にたっているので「弁護士は大所高所から適正な判断と行動ができる」という考えが根底にあるとすれば、それほど悩まなくて済むのかもしれません(それが世間の期待している弁護士像と一致しているのか、という論点はあると思いますが)。
先ほどのようにあしざまに言われると腹が立つのですが、確かに日本では従来弁護士の利益相反問題とか守秘義務は比較的大目に見られているような感じもします。
ただ、今後証券化とかM&A取引が広がる一方で、西村ときわ法律事務所とあさひ狛法律事務所の合併のように大手ローファームの寡占化が更に進むとクローズアップされてくるかもしれませんね。