東京工業大学物質理工学院材料系の鯨井純(修士課程1年)、元素戦略研究センターの北野政明准教授と細野秀雄栄誉教授らは、貴金属を使わずに低温でアンモニア合成活性を示す物質を発見した。研究成果は米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版に11月22日付で公開。
●ポイント
〇BaCeO3の酸素の一部を窒素と水素に置き換えた新物質を低温で合成。
〇ルテニウムなどの貴金属を使わずに高いアンモニア合成の触媒活性を発見。
〇窒素イオンと水素イオンが活性点として働く新しい反応メカニズムを提唱。
●ルテニウム(Ru)を使う触媒でアンモニアを合成
農作物など植物の生育には窒素(N)が必須で、その供給源としてアンモニア(NH3)が使われている。世界の人口は70億人を超え、この人口増加を支えるのが農作物の安定供給である。これには窒素肥料が必要で、肥料原料はアンモニアである。最近では、燃やしても窒素と水しか生成されないため、再エネと組み合わせた水素貯蔵媒体としても期待されている。
アンモニア合成には高温・高圧を必要とし、エネルギーを大量に消費する。一般的には、アンモニアの生産は「ハーバー・ボッシュ法z(HB法):1906年ドイツで開発」と呼ぶ技術で、400℃~600℃、数百気圧の条件で水素と窒素を反応させて作る。
早稲田大学関根泰教授・中井浩巳教授らは日本触媒と共同で、化学肥料や医薬品の原料になるアンモニアを合成する新手法を開発した(H29.6)。研究チームはルテニウム(Ru)を使った触媒に直流電圧をかけると、水素イオンと窒素分子が反応し、同200度、9気圧程度でも効率よくアンモニアができることを突き止めた。この反応の原因を電子顕微鏡観察や赤外分光分析などを用いて解析した結果、直流電場中での水素イオンのホッピングが反応を誘起していることを突き止めた。この際、N2H+が中間体となっていることを明らかにした。
しかしルテニウムは高価な貴金属であり、豊富に存在する安価な金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれていた。
●研究の内容
北野准教授らの研究グループはペロブスカイト型の混合アニオン材料に着目し、新たな合成方法を見いだした。
近年、ペロブスカイト型酸水素化物など酸素サイトの一部をヒドリドイオン(H-)に置き換えたような混合アニオン化合物がいくつか報告されており、その一部はアンモニア合成触媒として機能することが報告されている。通常、ペロブスカイト型酸化物の合成には900℃以上の高温での加熱処理が必要であり、酸素サイトの一部をヒドリドイオンに置き換えるために、CaH2(水素化カルシウム)などと550℃付近の温度で一週間程度加熱する多段階の合成プロセスとなっている。またペロブスカイト型酸窒化物の合成も光触媒などさまざまな分野で合成が行われているが、ペロブスカイト型酸化物をアンモニア雰囲気中で800℃以上の高温で加熱することにより合成されている。これは、ペロブスカイト型酸化物の酸素が非常に安定であり、ほかのアニオンで置換することが困難であることに由来している。
北野准教授らはCeO2(酸化セリウム)とBa(NH2)2(バリウムアミド)を直接反応させることにより、ペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)の一段合成に成功した。これまでこの物質は合成例がなく、新物質であることも明らかとなった。
原料であるBa(NH2)2は200℃程度の低温から分解するためCeO2とよく反応し、ペロブスカイト構造を形成すると同時に、酸素のサイトにBa(NH2)2由来の窒素および水素が導入される。この手法を用いると、ペロブスカイト構造が300℃という非常に低温から形成され550℃でほぼ均一な材料が得られる。
これは一般的なBaCeO3の合成温度(約1000℃)と比べてもかなり低温で合成できていることが分かる。一方、BaCeO3をアンモニア雰囲気、900℃で加熱しても酸素のサイトにほとんど窒素が導入されないことも分かった。これらのことから、北野准教授らが開発した合成方法が、ペロブスカイト型混合アニオン材料の合成に有用であることが分かる。
このペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)はルテニウムなどの金属ナノ粒子を固定しなくても安定したアンモニア合成活性を示すことが分かった。一般的にBaCeO3などの金属酸化物は全くアンモニア合成活性を示さないことから、アニオン(陰イオン)サイトに導入された窒素イオンや水素イオン(ヒドリドイオン)が触媒活性に寄与していることが分かる。
さらに、BaCeO3に鉄やコバルトを固定した触媒では、ほとんどアンモニア合成活性を示さないのに対し、BaCeO3-xNyHzの表面に鉄やコバルトを固定すると、既存のルテニウム触媒よりも低温で優れたアンモニア合成活性を示すことも明らかとなった。窒素や水素の同位体ガスを用いた実験から、BaCeO3-xNyHz中の窒素および水素イオンがアンモニア合成に直接関与するユニークなメカニズムで反応が進行することも明らかとなった。
●今後の展開
開発した触媒は低温低圧条件下で優れたアンモニア合成活性を示し、貴金属フリーなアンモニア合成触媒として極めて有望な材料であることが示された。今後、触媒の調製条件などを最適化することでさらなる活性向上が見込まれ、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献することが期待される。
◆用語解説
〇ペロブスカイト型
化学組成がABX3の無機化合物に見られる結晶構造の1つであり、AやBは金属カチオンでXは酸素などのアニオンからなる。Aが単位格子の中心に、Bが各格子点に、Xが各稜の中心に位置した構造である。
〇ヒドリドイオン
負の電荷を持った水素イオン(H-)であり、ほかに水素は電荷を持たない原子状水素(H0)や正の電荷を持った水素イオン(プロトン、H+)の形態を持つ。
〇エネルギーキャリア
エネルギーを貯蔵、輸送するための担体となる物質。例えば、アンモニアは窒素分子1つに水素分子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて簡単に液化できるため、水素の貯蔵、輸送を行うために便利な物質として注目されている。
〇混合アニオン材料
例えば、金属酸化物の酸素サイトの一部が窒素や水素などの異種元素で置換され、複数のアニオンが存在する物質。
●ポイント
〇BaCeO3の酸素の一部を窒素と水素に置き換えた新物質を低温で合成。
〇ルテニウムなどの貴金属を使わずに高いアンモニア合成の触媒活性を発見。
〇窒素イオンと水素イオンが活性点として働く新しい反応メカニズムを提唱。
●ルテニウム(Ru)を使う触媒でアンモニアを合成
農作物など植物の生育には窒素(N)が必須で、その供給源としてアンモニア(NH3)が使われている。世界の人口は70億人を超え、この人口増加を支えるのが農作物の安定供給である。これには窒素肥料が必要で、肥料原料はアンモニアである。最近では、燃やしても窒素と水しか生成されないため、再エネと組み合わせた水素貯蔵媒体としても期待されている。
アンモニア合成には高温・高圧を必要とし、エネルギーを大量に消費する。一般的には、アンモニアの生産は「ハーバー・ボッシュ法z(HB法):1906年ドイツで開発」と呼ぶ技術で、400℃~600℃、数百気圧の条件で水素と窒素を反応させて作る。
早稲田大学関根泰教授・中井浩巳教授らは日本触媒と共同で、化学肥料や医薬品の原料になるアンモニアを合成する新手法を開発した(H29.6)。研究チームはルテニウム(Ru)を使った触媒に直流電圧をかけると、水素イオンと窒素分子が反応し、同200度、9気圧程度でも効率よくアンモニアができることを突き止めた。この反応の原因を電子顕微鏡観察や赤外分光分析などを用いて解析した結果、直流電場中での水素イオンのホッピングが反応を誘起していることを突き止めた。この際、N2H+が中間体となっていることを明らかにした。
しかしルテニウムは高価な貴金属であり、豊富に存在する安価な金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれていた。
●研究の内容
北野准教授らの研究グループはペロブスカイト型の混合アニオン材料に着目し、新たな合成方法を見いだした。
近年、ペロブスカイト型酸水素化物など酸素サイトの一部をヒドリドイオン(H-)に置き換えたような混合アニオン化合物がいくつか報告されており、その一部はアンモニア合成触媒として機能することが報告されている。通常、ペロブスカイト型酸化物の合成には900℃以上の高温での加熱処理が必要であり、酸素サイトの一部をヒドリドイオンに置き換えるために、CaH2(水素化カルシウム)などと550℃付近の温度で一週間程度加熱する多段階の合成プロセスとなっている。またペロブスカイト型酸窒化物の合成も光触媒などさまざまな分野で合成が行われているが、ペロブスカイト型酸化物をアンモニア雰囲気中で800℃以上の高温で加熱することにより合成されている。これは、ペロブスカイト型酸化物の酸素が非常に安定であり、ほかのアニオンで置換することが困難であることに由来している。
北野准教授らはCeO2(酸化セリウム)とBa(NH2)2(バリウムアミド)を直接反応させることにより、ペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)の一段合成に成功した。これまでこの物質は合成例がなく、新物質であることも明らかとなった。
原料であるBa(NH2)2は200℃程度の低温から分解するためCeO2とよく反応し、ペロブスカイト構造を形成すると同時に、酸素のサイトにBa(NH2)2由来の窒素および水素が導入される。この手法を用いると、ペロブスカイト構造が300℃という非常に低温から形成され550℃でほぼ均一な材料が得られる。
これは一般的なBaCeO3の合成温度(約1000℃)と比べてもかなり低温で合成できていることが分かる。一方、BaCeO3をアンモニア雰囲気、900℃で加熱しても酸素のサイトにほとんど窒素が導入されないことも分かった。これらのことから、北野准教授らが開発した合成方法が、ペロブスカイト型混合アニオン材料の合成に有用であることが分かる。
このペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)はルテニウムなどの金属ナノ粒子を固定しなくても安定したアンモニア合成活性を示すことが分かった。一般的にBaCeO3などの金属酸化物は全くアンモニア合成活性を示さないことから、アニオン(陰イオン)サイトに導入された窒素イオンや水素イオン(ヒドリドイオン)が触媒活性に寄与していることが分かる。
さらに、BaCeO3に鉄やコバルトを固定した触媒では、ほとんどアンモニア合成活性を示さないのに対し、BaCeO3-xNyHzの表面に鉄やコバルトを固定すると、既存のルテニウム触媒よりも低温で優れたアンモニア合成活性を示すことも明らかとなった。窒素や水素の同位体ガスを用いた実験から、BaCeO3-xNyHz中の窒素および水素イオンがアンモニア合成に直接関与するユニークなメカニズムで反応が進行することも明らかとなった。
●今後の展開
開発した触媒は低温低圧条件下で優れたアンモニア合成活性を示し、貴金属フリーなアンモニア合成触媒として極めて有望な材料であることが示された。今後、触媒の調製条件などを最適化することでさらなる活性向上が見込まれ、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献することが期待される。
◆用語解説
〇ペロブスカイト型
化学組成がABX3の無機化合物に見られる結晶構造の1つであり、AやBは金属カチオンでXは酸素などのアニオンからなる。Aが単位格子の中心に、Bが各格子点に、Xが各稜の中心に位置した構造である。
〇ヒドリドイオン
負の電荷を持った水素イオン(H-)であり、ほかに水素は電荷を持たない原子状水素(H0)や正の電荷を持った水素イオン(プロトン、H+)の形態を持つ。
〇エネルギーキャリア
エネルギーを貯蔵、輸送するための担体となる物質。例えば、アンモニアは窒素分子1つに水素分子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて簡単に液化できるため、水素の貯蔵、輸送を行うために便利な物質として注目されている。
〇混合アニオン材料
例えば、金属酸化物の酸素サイトの一部が窒素や水素などの異種元素で置換され、複数のアニオンが存在する物質。