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2種類の高温超電導を用いて30テスラ超の高磁場発生に成功

2019-12-25 | 科学・技術
 理化学研究所放射光科学研究センターNMR研究開発部門超高磁場磁石開発チームの柳澤吉紀チームリーダーと末富佑研修生、物質・材料研究機構機能性材料研究拠点高温超伝導線材グループの西島元主幹研究員、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社の斉藤一功技術総括部長、科学技術振興機構の前田秀明プログラムマネージャーらの共同研究グループは、高温超電導線材をらせん形状に巻いた超電導磁石において、これまで困難とされてきた30テスラ超の高磁場発生に成功した。本成果は、2019年9月27日にカナダ・バンクーバーで開催される国際会議「26th International Conference on Magnet Technology」で発表。
 本研究成果により、創薬や医療への貢献が大きく期待される次世代1.3ギガヘルツ(30.5テスラ相当)核磁気共鳴(NMR)装置の開発に向けた重要な技術要件が満たされ、その実現に近づいた。
 今回、共同研究グループは、超電導磁石に内側から①高磁場での超電導特性に優れるがコイル化が難しいレアアース(RE)系高温超電導線材を巻いた内層コイル、②高磁場での特性は一歩劣るがコイル化しやすいビスマス(Bi)系高温超電導線材を巻いた中層コイル、③工業製品として確立された金属系低温超電導線材を巻いた外層コイルの3層構造の配置により、磁場の発生効率を最大に高めることで31テスラの高磁場を実現した。これは、らせん形状に巻いたタイプの超電導磁石としては最高記録である。また、高磁場発生の要となるRE系高温超電導コイルは焼損が生じやすいという課題があったが、絶縁のないRE系高温超電導線材をらせん形状にコイルに巻き、層間に銅とポリマーの複合シートを挟み込む新しい製造法を適用することで焼損の防止にも成功した。
 背景
 核磁気共鳴(NMR)装置や核磁気共鳴画像(MRI)装置には、超電導磁石が使われており、磁場強度が高くなるほど装置の性能(感度と分解能)が向上する。
 現在実用化されているNMR装置やMRI装置には、ニオブ(Nb)系の金属系低温超電導線材が使われているが、線材の物理的特性の制約から、24テスラ程度が発生磁場の上限と考えられている。これに対して、レアアース(RE)系やビスマス(Bi)系の銅酸化物の高温超電導線材は、24テスラを大幅に上回る高磁場においても超電導状態を保てると考えられている。そのためには、高温超電導線材で巻いたコイルを超電導磁石の内層高磁場領域に使う必要があり、この線材を活用した次世代超高磁場NMR装置の開発をめぐって国際的な競争がある。
 共同研究グループは、次世代1.3ギガヘルツ永久電流NMR装置の開発を進めており、これには30.5テスラという超高磁場が必要となる。高温超電導線材は薄くて幅広のテープ形状をしているため、これをコイルにするには、線材をロールケーキ形状に巻く方式が適している。この巻線方式のコイルを採用した32テスラの超電導磁石が、米国のグループにより既に開発されており、超電導磁石の磁場としてはこれが最高記録である。
 しかし、上記の巻線方式では線材同士のつなぎ目の数が膨大になる。NMR装置に求められる永久電流運転にはつなぎ目を超電導接合にする必要があるが、外周側のコイルとのわずかな隙間に多数の超電導接合を配置することは困難である。これに対し、線材をらせん形状に巻いて、つなぎ目が少なく、それらをコイル上部の広い空間に配置できる巻線方式が、永久電流運転には適している。この巻線方式では、欧州のメーカーが開発を進める1.2ギガヘルツNMR装置における28テスラが最高で、1.3ギガヘルツNMR装置に必要な30.5テスラの磁場の発生は達成されていなかった。
 研究手法と成果
 共同研究グループが開発を目指す1.3ギガヘルツNMR装置用の超電導磁石は、金属系低温超電導線材を巻いた外層コイル(以下低温超電導外層コイル)、Bi系高温超電導線材の中層コイル(以下Bi系中層コイル)、さらにRE系高温超電導線材の内層コイル(以下RE系内層コイル)から成る。コイルは全てらせん形状で巻かれる。このコイル構成は、金属系低温超電導線材よりBi系線材の方が、Bi系線材よりRE系線材の方が、より高い磁場の中でも電流を流すことができるという物理的特性を生かしたもので、共同研究グループ独自の構成である。
 共同研究グループは、物質・材料研究機構低温応用ステーションで運用されている大口径17テスラ超電導磁石を低温超電導外層コイルとし、Bi系中層コイルとRE系内層コイルを組み込むことで、1.3ギガヘルツNMR装置の超電導磁石と同様のコイル構成の超電導磁石を開発した。今回の超電導磁石では、超電導接合は用いていないが、コイルは全てらせん形状に巻かれている。低温超電導外層コイルが発生する17テスラの磁場に加え、Bi系中層コイルが4テスラを、RE系内層コイルが9テスラを発生することで、中心部における30テスラ超の高磁場発生を目指した。
 しかし、高磁場に置かれたRE系内層コイルには、クエンチが起きた場合、コイル内部の局所的な常電導部が、わずかコンマ数秒で金属溶断温度にまで上昇して焼損してしまう問題がある。2016年に柳澤チームリーダーらが27.6テスラを発生させた際にも、クエンチによってRE系内層コイルが焼損した。
 そこで、今回、クエンチからRE系内層コイルを守るために、絶縁を施さない線材を用いて、コイル層間に導体である銅フォイルと、絶縁体であるポリマーシートの複合材を挟み込んでコイルを巻く方式を適用した。これによって、クエンチ時にコイル層内で電流が分流でき、過度な温度上昇を防ぐことが期待される。この手法は「intra-Layer No-Insulation法(以下LNI法)」と呼ばれ、共同研究グループは先行研究において、その効果を小さな試験コイルで確認していた。
 開発した超電導磁石の試験では、全てのコイルを液体ヘリウム温度(-269℃)まで冷やし、まず低温超電導外層コイルに241アンペアの電流を流して17テスラの中心磁場を発生させた。その後、直列に接続したBi系中層コイル/RE系内層コイルに電流を流し、最終的に266アンペアの電流で30テスラの中心磁場の発生に成功した。その後、それぞれのコイルの電流値を順次下げ、消磁した。
 次に、超電導磁石の限界試験として、クエンチが発生するまでBi系中層コイル/RE系内層コイルの電流値を増加させた。すると、290アンペアの電流に至ったところで、31テスラの中心磁場が発生し、RE系内層コイルがクエンチした。電圧検出機能によって高温超電導に供給されている電流が遮断され、その後1秒程度でBi系中層コイル/RE系内層コイルの磁場が消失した。残っていた低温超電導外層コイルの電流・磁場は、保護回路を使って消磁された。
 一連の試験後、RE系内層コイルを取り出し、液体窒素(-196℃)で冷やして電流を流して検査したところ、コイルの電圧-電流特性が試験の前後で変わっていないこと、すなわちクエンチから保護されていることが確認できた。
 今回の試験によって初めて、らせん形状コイルの超電導磁石で30テスラ超の高磁場発生に成功した。さらに、LNI法によって、RE系内層コイルをクエンチによる焼損から保護することにも成功した。
 今後の期待
 今回の成果によって、次世代1.3ギガヘルツNMR装置の開発に向けた重要な技術課題の1つがクリアされ、その実現に近づいた。今後、別途開発を進めている超電導接合技術/永久電流運転技術と組み合わせて装置の実現を目指す。
 次世代1.3ギガヘルツNMR装置が実現できれば、アルツハイマー病などの神経変性疾患の要因とされるアミロイドβペプチドの構造情報の取得技術が飛躍的に進展するなど、創薬や医療への展開が期待できる。また、1.3ギガヘルツNMR装置の開発を通して得られる先端技術により、すでに普及しているレベルの磁場のNMR装置の小型化・省ヘリウム化などといった波及も期待できる。
 ◆用語解説
 〇高温超電導線材
 銅酸化物高温超電導体を線材にしたもの。主にレアアース(希土類元素)系とビスマス系がある。液体窒素温度(-196℃)においても超電導状態を示し、また、液体ヘリウム温度(-269℃)においては、24テスラを大幅に上回る高磁場においても超電導状態を維持できる。
 〇超電導磁石
 超電導線材で巻いたコイルを使った電磁石で、極めて少ない消費電力で、強力な磁場を発生することが可能。電気抵抗ゼロの超電導状態を保つために、液体ヘリウムや液体窒素といった冷媒に浸して冷却したり、冷凍機で冷却されたりする。ただし、超電導線材には、線材固有の臨界磁場(電気抵抗ゼロで電流を流せる磁場の上限)があるため、超電導磁石が発生できる磁場には上限がある。なお、「超電導」と「超伝導」はどちらも”superconductivity”の訳語であり、超電導に統一した。
 〇テスラ
 磁場の単位。1テスラはネオジム系などの強力永久磁石の表面磁場と同等の強さ。
 〇ギガヘルツ
 周波数の単位。核磁気共鳴現象において、共鳴周波数は磁場に比例するため、NMR装置では慣習的に磁場を周波数で表現する。30.5テスラの磁場において、水素核は1.3ギガヘルツの周波数で共鳴する。ギガは10億。
 〇核磁気共鳴(NMR)装置
 NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。
 磁場中に置かれた原子核の核スピンの共鳴現象により、物質の分子構造の解析や物性の解析を行う装置。分子の相互作用などの情報も得られるため、生命科学、医薬、化学、食品、材料物性といった幅広い分野で利用されている。
 〇金属系低温超電導線材
 NbTi(ニオブチタン)、Nb3Sn(ニオブスズ)に代表される金属系の超電導体を用いた超電導線材。NbTiは-263.7℃、Nb3Snは-254.9℃の極低温で超電導状態となる。NbTiとNb3SnはNMR装置において、NbTiはMRI装置において広く実用化されている。Nb3Sn洗剤を使えば24テスラ程度の磁場が発生可能である。
 〇核磁気共鳴画像(MRI)装置
 MRIはMagnetic Resonance Imagingの略。
 核磁気共鳴現象を利用して人体などの断面撮像を行う装置。脳や血管などの画像診断に広く使われ、磁場を高くすることで、より高分解能の診断が可能となる。
 〇永久電流
 回路全体が超電導体でできているコイルに電流を流すと、抵抗がないため半永久的に電流が流れ続ける。この現象を永久電流と呼ぶ。
 〇超電導接合
 超電導線材のつなぎ目(接合部)でも電気抵抗ゼロで電流を流す技術で、永久電流運転するために必要。酸化物材料を使った高温超電導線材の超電導接合は難しく、長らく不可能ともいわれていたが、近年目覚ましく技術が進歩しつつある。
 〇クエンチ
 超電導体が、超電導状態から常電導状態に転移すること。
 〇アミロイドβペプチド
 アミロイドβ前駆体タンパク質からプロテアーゼにより切断されて産生される生理的ペプチド。アルツハイマー病で見られるアミロイド斑の構成成分として発見されたことから、この過剰な蓄積がアルツハイマー病発症の引き金と考えられている。Aβはアミノ酸の長さで種類が分類されており、Aβ1-40、Aβ1-42が同定されており、Aβ1-42が最も神経毒性が高いとして解析が行われてきた。