春庭Annex カフェらパンセソバージュ~~~~~~~~~春庭の日常茶飯事典

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敬老ランチ2009年9月

2010-12-24 17:07:00 | 日記
ぽかぽか春庭「敬老ランチ」
2009/09/29
ぽかぽか春庭>くねんぼ日記09年9月(1)敬老ランチ

 27日、日曜日は、姑と食事。敬老の日のお祝いです。21日の敬老の日には「論文書き上がらないから、敬老どころじゃない」と叫んで、延期してもらったのです。
 後期高齢者(この名称廃止するそうですが)の姑は相変わらず、月曜、童謡の会、火曜お習字、水曜詩吟、木曜老人会と動きまわっています。9月中の集中講義と博士論文中間発表でへとへとの私よりよほど元気です。

 「老人会のランチ、あなたが一番元気だから、料理担当してくれって言われているんだけど、私だって84歳なんだから、食べるだけのほうに回りたいのよ」と、愚痴をこぼす姑。そう、私だって食べるだけのほうに回りたい。私は食べさせるために働きづめなんです、、、、、。
 掃除は好きだけれど元々料理はあまり好きじゃなかった姑、舅が亡くなってからはスーパーの出来合いの海苔巻き寿司などでお昼をすませるようにもなっています。

 和食をそれほど好まず、中華のほうがいいという姑のリクエストで、27日、舅の墓参後のランチは中華屋さんへ。夫はいつもの通り「金はない」といばっているので、ランチの支払いは私。誕生日、母の日、敬老の日と、節目ごとに祝い袋を用意するのも私。

 親孝行は女房こどもにまかせて、「したくないことはしない」と主張しつつ30年暮らしてきた夫。娘は父親を評して「ほんとに、お子ちゃまだから世話やける。ほんとの子供ならかわいげがあるけれど、自分が子供であることを自覚していなくて、いっちょ前だ思ってるから腹立つ」と、言っています。私はとっくにお子ちゃまの子守を放棄しているので、お子ちゃま保護者役はもっぱら娘です。

 ま、そんなこんなのデコボコ家族引き連れての敬老ランチ。後楽園ビルの後楽園飯店でランチコース、海老チリ、栗チャーハン、キノコの炒め物などおいしくいただきました。
 
 夫は事務所へ、娘と息子は家へ、食事したらさっさと戻りましたが、私と姑は、後楽園のお庭散歩することにしました。姑は東京に60年以上も暮らしてきたのに、一度は行ってみようと思いながら、後楽園庭園に入ったことがないからと言います。私は庭園ひとり散歩が好きなので、六義園、旧古川庭園、安田庭園など、都内の名園公園はだいたい歩いてきましたが、姑は住まいの近くの洗足池や等々力渓谷などには行っていますが、都心以北の公園には同じ都内でも縁が無かった。

 姑がはじめて来たという後楽園庭園。9月下旬は、彼岸花と稲穂が庭の彩り。ゆったりと園内を歩き、よい午後をすごしました。姑は歩く速度が前よりゆっくりになっていますが、口は以前と変わらず、しゃべるしゃべる。女学校の同級会に続けて参加しているけれど、参加者は皆、年をとってきたという話。そりゃ、姑が84歳なのだから、同級生も84歳でしょう。東京で行われる同級会に毎年故郷の山形県からかけつける人もいるという話。故郷の高畠町はよいところだけれど、車がないと不便な土地。病院通いも息子や嫁が車で送り迎えできる時間に合わせなければならず、不自由だというクラスメートの話を聞いて、年をとると故郷に戻りたがる人もいるけれど、姑は東京にずっと住みたいと言います。故郷はたまに帰るからありがたいのだそう。お友達のひとりから、今年も山形の名産のぶどうが届いたと、お裾分けを持たされました。

 後楽園の庭から、お隣の東京ドームの白い屋根が見えますが、ちょうどお庭を散歩しているときは、巨人広島戦が佳境に入ったころ。大歓声がドームの屋根を越えて、お庭まで響いてきましたが、巨人が1点先取しようと2点追加しようと、池の周りを歩きながら姑のおしゃべりは、「緑がいっぱいで良いところねぇ」と、果てしなく続きました。

<つづく>

2009/10/01
ぽかぽか春庭くねんぼ日記2009年10月>(1)惚け防止方法序説

 私の年齢では、友人知人の多くが、家族の介護をしています。私もいずれ姑の「老老介護」となるのかもしれませんが、どうやらこちらが先に介護される身になるのかも。
 健康診断のデータが出て「元気だけがとりえ」という私のこれまでの健康過信を裏切る結果となりました。寄る年波には勝てません。姑を見習って健康第一でいきたいところですが、健康オタクの姑に比べ、こちらは貧乏暇なしの働きづめ。おまけに、へたれの「学生」です。頭の体操をして惚け防止にもなるかと思った博士論文挑戦ですが、頭がぼける前に、体がボケボケになりそうです。

 9月26日土曜日は、博士論文中間発表会がありました。
 博士論文の全体の章立てをまとめよ、という課題が出ていたので、たいへんでしたが、なんとか「論文概要」の準備も整いました。1年後の提出締め切りまで、これから資料を精読しつつ自身の独自の見解を加えてまとめていきます。修士論文は土台のひとつですが、修論は日本語統語論として執筆し、博論は日本語言語文化論として書くので、まったく論点が異なり、どう広げ深めていくのか、ちと難しい。大風呂敷広げすぎたというところです。

 ネックは、英語力不足。日本語論文なら関係領域内容を読みこなしていけますが、英語で文学理論とか言語学論文を読むのが負担です。小説なら英語を英語のままに読むこともできますが、学術論文を読む能力がない。学術用語を知らないまま課題の論文を直訳していたら、用語どころか、デカルトの『Discourse on the Method』を「方法の叙述」と直訳してしまい、先生に添削で赤字訂正されました。先生は、『方法序説』も知らないのか!と、思ったことでしょう。
 
 そりゃあ『方法序説』は名前だけは知っていたけれど読んだこともなかったし。フランス語原題が『Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la vérité dans les sciences(「理性を正しく導き、もろもろの知識の中に真理を探究するための方法序説)』だったなんてこと、この年になるまでまったく知らずに生きてきたけれど、知らぬからと言って、なんの不自由も無かったし、、、、

 英語できる人がうらやましいけれど、いまさら嘆いても遅いのだ、と、嘆きつつも、なんとか中間発表も終えて、あとは紀要論文の締め切りに追いかけられる毎日が続きます。10月末締め切りのと12月締め切り、、、、。

 そして29日から後期授業開始。火曜日、1時から6時まで、90分授業が3コマ。社会言語論、日本語学、日本語音声学を日本人学部学生に教えます。日本語学のほかは、専門外なのに、担当しています。

 29日、授業を終えてから、学生の授業コメントや翌週の準備などをしていたら7時。片道2時間かかる郊外の大学から、バス、私鉄地下鉄乗り継いで、帰宅は夜9時過ぎになりました。ああ、働き者です。

<つづく>
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2009年10月02日


ぽかぽか春庭「時の流れに身をまかせ」
2009/10/02
ぽかぽか春庭くねんぼ日記2009年10月(2)時の流れに身をまかせ

 9月末、私立大学の後期授業が始まりました。
 日本語教授法の初回授業。単位取得の条件やシラバス説明など、ガイダンスを行いました。午後2コマの授業を「初日はガイダンスだから少し早めに終わりましょう」と、授業時間自主短縮。

 毎年、第1回目の授業は「学習集団形成・ラポール作り」という「クラスメートとして仲良しになりましょう」という時間をとっていたのですが、今回は夏の集中授業を受けた学生が「リピーター」になって、同じメンバーで集まったので、ラポール作りの時間が必要なかったのです。
 日本語教授法の学生には翌週からの課題をたっぷり出して、「残り時間は来週の課題発表準備にあててください」ということにしました。

 早じまいには理由がありました。雨の中、バスを待つ余裕がないので、タクシーで駅前へ。ダンス仲間のミサイルママが「日本作曲家協会音楽祭のチケットがあるので、いっしょに見ましょう」と誘ってくれたので、間に合うように早じまいにしたのですが、駆けつけたときには前半が終わっていました。

 作曲家協会という団体がどんな集まりなのか知らず、ミサイルママは「豊島区合唱団」や「北区第九合唱団」に入っているので、クラシックの作曲家かと思っていました。クラシックの現代音楽などだと、疲れているので聞いているうち眠っちゃうかしら、なんて思って会場に入ったのですが、日本作曲家協会は、会長が服部克久、常務理事として弦哲也、都倉俊一、平尾昌晃などを擁する歌謡曲作曲家の団体でした。
 
 作曲家協会音楽祭は、歌謡曲を競作して最優秀作品に「ソングコンテストグランプリ」を授けるというものでした。前半の「奨励賞」になった曲のお披露目が終わって、グランプリ作品「春は桜の夢が咲く」から、聞くことができました。後半のプログラムは「水森かおりのご当地ソングメドレー」と、「遠藤実・三木たかし永遠に」という物故作曲家の代表作のカバー競演。最後は遠藤実の「高校三年生」を歌手全員と会場がいっしょに歌う、という〆。

 三木たかしの「時の流れに身をまかせ」と遠藤実の「北国の春」は、半年間の中国赴任中、何度もカラオケで歌いました。なぜかというと、中国語の歌だけで日本語の曲をおいてない一般のカラオケ店でも、この二曲は必ず中国語の歌の中に入っていたからです。歌詞は中国語が表示されますが、メロディは同じですから、うろ覚えのまま「しらかば~あおぞら♪」とか「もしもあなたに逢えずにいたら~♪」とか歌いました。

 テレサテン(麗君)中国語版「我只在乎你(時の流れに身をまかせ)」
http://www.youtube.com/watch?v=N72dsXD2GdM
 テレサテンが歌う「我和你(中国語版「北国の春」)」は、女性が恋人を慕う歌に成っています。
http://www.youtube.com/watch?v=6P_ySy5XzFI
 台湾の歌手、余天が歌う、「北国の春」は、日本語の歌詞を直訳した中国語の歌「榕樹下」となっています。
http://www.youtube.com/watch?v=USEKw58dGhY&feature=related

 惚け防止には、Discourse on the Method誤訳で頭を悩ませているより、カラオケのほうが役にたちそうです。
 終演後、ミサイルママと夕食を取りながら「ダンスで体を鍛えていきましょうね」と約束し、生ビールで乾杯しました。この先、寄る年波の身体がダメになるのが先か、もともと半ぼけのおつむがダメになるのが先か、とにかく「時の流れに身をまかせ」で行くしかありません。
 
<おわり>

2008/11/21
ぽかぽか春庭くねんぼ日記09年11月>ファミリーオペラ(5)セバスチャン・サルガドのアフリカ

 11月19日、木曜日に出講している大学が文化祭のために休講となったので、娘息子を誘って恵比寿へ。冷たい雨のふる中、ガーデンプレイスの写真美術館に入りました。サルカドの写真展『アフリカ』(12月13日まで開催)

 セバスチャン・サルガド(Sebastião Salgado、1944~)は、ブラジル生まれ。サンパウロ大学で経済学を専攻し、パリ大学に留学。博士課程修了後、エコノミストとして国際コーヒー機関に就職し、世界各地のコーヒー農園で働く農民の現状を知る。この現状を世界に知らせる必要を感じ、ジャーナリストに転身。現在まで活発な写真報道を続けています。
 作品集『WORKERS(労働者たち)』は、1986年~96年に23カ国を取材して各地で働く民衆を撮影した記録、『MIGRATION(移民たち)』1994年~99年に43カ国を訪れ、戦争、紛争、飢餓などの理由で生まれた土地を離れて暮らす人々を記録したもの。

 2004年からサルガドは「地球環境と人間社会の関係を再考する」という趣旨のもと、プロジェクト「ジェネシスGENESIS(起源)」を開始し、今回の『アフリカ』は、このジェネシス・シリーズのひとつ。「生きとし生けるものの未来へ」と副題がつけられ、アフリカの現状を知らせ、アフリカの教育、植樹活動を通じて地球の恵みと人類の歴史を考える、という100点のモノクロ写真から構成されている。

 報道写真であり、1970年代からのアフリカを見つめた作品群であるのだけれど、なにより画面が非常に美しい。モノクロの表現力が力強く美しく描き出され、完璧な構図で迫ってくる。「報道」ではなく、計算しつくしてそこに人物や動物を並べたかのように思うくらい、美しい。

 サヘルの干ばつで飢える人々、がりがりにやせた子供、乳が出るのかどうか、皺しわになった乳房に吸い付く双子の赤ん坊、内戦を逃れて難民キャンプで配給の食事を求める人々。地雷で手足を失った人々の群れ。大量虐殺ののち、孤児院に集められた子供達。
 悲惨のきわみの報道でもあるのに、サルガドはすばらしく美しい画面を構成する。私は悲惨な事実の重みとともに「どんな状況であっても、人間の尊厳とは美しく尊いものだ」という真実を感じました。画面の中の人々はどんな悲惨の状況にいても、気高く美しい。100点の作品のどれもがきわめて高い芸術性を持っており、圧倒されました。

 悲惨な状況を撮影して「悲惨である」と伝えることができる力量をもつ報道写真家はいくらでもいる。デジカメやケータイ写真が発達した現在では素人でもチャンスがあれば、「決定的瞬間」が撮影できる。しかし、悲惨な光景を描いて人間の美しさと尊厳を表現できる写真家はそうはいない。私が今まで見てきた写真で思い出すのは、ロバート・キャパの「スペイン内戦時、撃たれて倒れる兵士」とか、ユージン・スミスの胎児性水俣病患者の子とか。

 ケニアのトゥルカナ湖やソマリア国境付近のマルサビッドで撮影された写真の前で、「お母さんとお父さん、30年前にここに行ったんだよ」と話したのですが、娘も息子も「フ~ン」で終わり。娘は「人物のは白黒でもいいけれど、動物や風景の写真はカラーのほうがいいなあ」という感想。

 作品のいくつかが見られるサイト
http://www.syabi.com/backnumber/schedule/details/salgado.html
 
 娘と息子は、恵比寿ガーデンプレイスのクリスマスイルミネーション、並木を飾る電飾やバカラクリスタルで構成されたシャンデリアの点灯を見て「わぁ、きれい」と喜んでいました。バカラもきれいでしたし、ガーデンプレイス38階の展望スペースから眺める雨上がりの東京の夜景もきれいでしたけどね。

<おわり>

コメント
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