薮田地区は、氷見市役所の北東約5kmのところ
氷見市役所から国道415号線を東へ、すぐの幸町信号を左(北)へ国道160号線です
道成りに約4.4kmで富山湾沿いに出ます、富山湾を見ました
約500mで薮田信号の北側の薮田コミュニティーセンター前に車を止めさせて頂きました
すぐ北側に、富山湾に向かって「九転十起」の銅像が立っています
説明石板です
九転十起の像(浅野総一郎翁像)
この像は事業を起こしては失敗・挫折を繰り返しながらも人生の夢と希望に向かって邁進し、一代で財閥を築き上げセメント王や京浜工業地帯の父と呼ばれている浅野総一郎翁の像です。
人は、生を受け七転八起の人生を送りますが、事業にはその時節によって良し悪しが必ずめぐってきます。
そうした中において、いかなる時も努力と勤勉を惜しまずに頑張れば、必ず道が開けることを我々に身をもって教えてくれた浅野翁です。
翁は、幾多の失敗と挫折を繰り返し、若い頃には何かと面倒を見てもらっていた村の肝いり役山崎善次郎氏しから七転八起で足りなければ九回転んで十回起きれば良いと教えられ、懸命な努力をし成功を掴みました。このことから、本像を「九転十起の像」と命名しました。
長い人生の歩みの中で、行き詰まったり失敗しても、必ず立ち上がる勇気を持って努力すれば必ず道が開けけるという九転十起の像を心静かに拝見していただき、すべての人々の人生が豊かになるよう願うものです。
浅野総一郎 座右の銘
「度胸・努力・勤勉」
平成20年7月20日 建立
九転十起の像(浅野総一郎翁像)建立会
銅像の後ろから光福寺へ向かいます。イチョウの樹冠が見えました
案内板です
東向きに参道入口です
薬師山 光福寺です
甘藷(サツマイモ)栽培の顕徳碑です
鐘楼です
本堂前右手に目的のイチョウです
本堂です、朝の読経が行われています
南東側から、幹は低い位置から二股に分れています
南側から
南西側(本堂前)から、もしかしたら合体木なのかもしれませんね~
西側から、目通り幹囲6.2mの巨木です
北側から
東側からの幹です、乳柱は見当たりません
紅白のボタンが咲いています
スズランが満開でした
では、次へ行きましょう
2023年5月4日午前6時55分訪問です
氷見市役所から国道415号線を東へ、すぐの幸町信号を左(北)へ国道160号線です
道成りに約4.4kmで富山湾沿いに出ます、富山湾を見ました
約500mで薮田信号の北側の薮田コミュニティーセンター前に車を止めさせて頂きました
すぐ北側に、富山湾に向かって「九転十起」の銅像が立っています
説明石板です
九転十起の像(浅野総一郎翁像)
この像は事業を起こしては失敗・挫折を繰り返しながらも人生の夢と希望に向かって邁進し、一代で財閥を築き上げセメント王や京浜工業地帯の父と呼ばれている浅野総一郎翁の像です。
人は、生を受け七転八起の人生を送りますが、事業にはその時節によって良し悪しが必ずめぐってきます。
そうした中において、いかなる時も努力と勤勉を惜しまずに頑張れば、必ず道が開けることを我々に身をもって教えてくれた浅野翁です。
翁は、幾多の失敗と挫折を繰り返し、若い頃には何かと面倒を見てもらっていた村の肝いり役山崎善次郎氏しから七転八起で足りなければ九回転んで十回起きれば良いと教えられ、懸命な努力をし成功を掴みました。このことから、本像を「九転十起の像」と命名しました。
長い人生の歩みの中で、行き詰まったり失敗しても、必ず立ち上がる勇気を持って努力すれば必ず道が開けけるという九転十起の像を心静かに拝見していただき、すべての人々の人生が豊かになるよう願うものです。
浅野総一郎 座右の銘
「度胸・努力・勤勉」
平成20年7月20日 建立
九転十起の像(浅野総一郎翁像)建立会
銅像の後ろから光福寺へ向かいます。イチョウの樹冠が見えました
案内板です
東向きに参道入口です
薬師山 光福寺です
甘藷(サツマイモ)栽培の顕徳碑です
鐘楼です
本堂前右手に目的のイチョウです
本堂です、朝の読経が行われています
南東側から、幹は低い位置から二股に分れています
南側から
南西側(本堂前)から、もしかしたら合体木なのかもしれませんね~
西側から、目通り幹囲6.2mの巨木です
北側から
東側からの幹です、乳柱は見当たりません
紅白のボタンが咲いています
スズランが満開でした
では、次へ行きましょう
2023年5月4日午前6時55分訪問です
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