(2012年11月8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
リーマン危機後に円相場が上がり始めてからずっと、日本の政策担当者は「投機筋」が円をあるべき水準よりも押し上げてきたと責めてきた。
■「円高の終わり」宣言には慎重
オバマ大統領再選でも円相場はほとんど反応しなかった(11月7日、東京)=ロイター
これが公平かどうかはともかく、霞が関の官僚にとって、最近の円安をもたらしたのが投機筋だけでないことは励みになるはずだ。円相場は、今夏から続いた1ドル=78.50円前後の狭いレンジを抜け出し、ここにきて80円をつけた。
世界各地の経済統計が明るさを増したのを受け、円が対ドルで下落し始めてから約3週間。為替市場全体ではなかなか方向感が見いだせないなかで、円・ドルの売買は投機筋の間で確信が持てる数少ない取引のひとつという。実際、米商品先物取引委員会(CFTC)のデータを見ると、投機筋は先週に円売りポジション(持ち高)を2倍に増やしたことが分かる。その前の週には、5月以来初めて円に対して弱気に転じていた。
だが、短期売買を手がけるトレーダーの活動を追跡するモルガン・スタンレーのポジション指標によると、ヘッジファンドのポジションは以前より減っている。
「ドル円のポジションはこれまでのところ大きくない」。モルガン・スタンレーの欧州為替戦略責任者、イアン・スタナード氏はこう話す。「もし今回の(ドル)反発が終息しても、下落の余地はかなり限定的なはずだ」
今のところ大半の市場ウオッチャーは、国内のデフレを悪化させてきた円高の終焉(しゅうえん)を宣言することには慎重だ。外国人投資家はまだ、安定した価格とインフレ調整後の高利回りに引かれて日本の国債市場に資金を置いていると指摘する。
■以前の円安局面とは3つの違い
だが10月初め以降に3%上昇したドルの対円相場は、前回の上昇局面とは違うと感じる人は多い。今年2月に日銀が1%の物価上昇率の「めど」を発表したことをきっかけに始まったドル高・円安局面は、世界経済への新たな懸念が生じると、すぐに終わってしまった。
直近の円の弱さには、3つの際立った特徴があるとアナリストは口をそろえる。1つ目は世界最大の経済大国である米国と第3位の日本の格差の拡大だ。米国の最近の経済統計は心強いが、日本はこれと反対だ。バークレイズのチーフ為替ストラテジスト、山本雅文氏は日本経済が再び縮小し始めたら「日銀のインフレのゴールはどんどん遠のく」と指摘。「日銀はさらに金融緩和をする必要がある」
2つ目は、景気刺激策に対する日銀のコミットメントが強まったと投資家が感じていることだ。日銀は前回の政策決定会合で、資産買い入れ基金を増額し、民間金融機関に低利資金を無制限に供給する制度を明らかにした。だが最も重要だったのは、デフレ脱却に「一体となって」取り組むことを確認する文書に、閣僚2人とともに日銀の白川方明総裁も署名したことだろう。
政治家は、日銀がデフレを克服するために十分な対策を講じていないと批判を繰り返してきた。この文書が持つ意味は、日銀に対する「政府の支配が強まった」(ゴールドマン・サックス証券のチーフエコノミスト、馬場直彦氏)ことだ。
3つ目の要因は、目前に迫った日銀のトップ交代だ。白川総裁の任期は来年4月で終わるため、投資家は後継候補の金融政策の方向性を検討し始めている。日銀総裁と副総裁は衆参両院の同意を得たうえで政府に任命される。UBSのチーフ為替ストラテジスト、マンスール・モヒウディン氏は次期総裁は恐らくハト派の傾向が強まるとみている。
最有力候補に挙がっているのは、財務省出身で元日銀副総裁の武藤敏郎氏と、研究機関のトップを務める元日銀副総裁の岩田一政氏だ。どちらも、2~3%の物価目標の設定を求めている自民党の安倍晋三総裁にそれほど強く抵抗しないかもしれない。
■下落の余地は限られる可能性
米連邦準備理事会(FRB)の金融緩和に異議を唱える可能性が高いとみられていたロムニー氏が米大統領選挙で敗北しても、円相場がほとんど反応しなかったのはこのためだ。
欠けているのは、米国債利回りの安定的な上昇だ。ドイツ証券の為替ストラテジスト、田中泰輔氏はドル・円相場にとっての「ベストのシグナル」は日米の2年物国債の利回り格差だと指摘する。現在は0.17%程度の利回り格差は、過去1年間の平均値とほとんど変わらない。これは円相場がさらに下落する余地は限られるかもしれないことを示唆する。
ゆっくりとした下落ペースを続ける円相場。今のところ、アナリストたちに「これは持続可能な動きだという安心感」を与えている。
By Ben McLannahan
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
リーマン危機後に円相場が上がり始めてからずっと、日本の政策担当者は「投機筋」が円をあるべき水準よりも押し上げてきたと責めてきた。
■「円高の終わり」宣言には慎重
オバマ大統領再選でも円相場はほとんど反応しなかった(11月7日、東京)=ロイター
これが公平かどうかはともかく、霞が関の官僚にとって、最近の円安をもたらしたのが投機筋だけでないことは励みになるはずだ。円相場は、今夏から続いた1ドル=78.50円前後の狭いレンジを抜け出し、ここにきて80円をつけた。
世界各地の経済統計が明るさを増したのを受け、円が対ドルで下落し始めてから約3週間。為替市場全体ではなかなか方向感が見いだせないなかで、円・ドルの売買は投機筋の間で確信が持てる数少ない取引のひとつという。実際、米商品先物取引委員会(CFTC)のデータを見ると、投機筋は先週に円売りポジション(持ち高)を2倍に増やしたことが分かる。その前の週には、5月以来初めて円に対して弱気に転じていた。
だが、短期売買を手がけるトレーダーの活動を追跡するモルガン・スタンレーのポジション指標によると、ヘッジファンドのポジションは以前より減っている。
「ドル円のポジションはこれまでのところ大きくない」。モルガン・スタンレーの欧州為替戦略責任者、イアン・スタナード氏はこう話す。「もし今回の(ドル)反発が終息しても、下落の余地はかなり限定的なはずだ」
今のところ大半の市場ウオッチャーは、国内のデフレを悪化させてきた円高の終焉(しゅうえん)を宣言することには慎重だ。外国人投資家はまだ、安定した価格とインフレ調整後の高利回りに引かれて日本の国債市場に資金を置いていると指摘する。
■以前の円安局面とは3つの違い
だが10月初め以降に3%上昇したドルの対円相場は、前回の上昇局面とは違うと感じる人は多い。今年2月に日銀が1%の物価上昇率の「めど」を発表したことをきっかけに始まったドル高・円安局面は、世界経済への新たな懸念が生じると、すぐに終わってしまった。
直近の円の弱さには、3つの際立った特徴があるとアナリストは口をそろえる。1つ目は世界最大の経済大国である米国と第3位の日本の格差の拡大だ。米国の最近の経済統計は心強いが、日本はこれと反対だ。バークレイズのチーフ為替ストラテジスト、山本雅文氏は日本経済が再び縮小し始めたら「日銀のインフレのゴールはどんどん遠のく」と指摘。「日銀はさらに金融緩和をする必要がある」
2つ目は、景気刺激策に対する日銀のコミットメントが強まったと投資家が感じていることだ。日銀は前回の政策決定会合で、資産買い入れ基金を増額し、民間金融機関に低利資金を無制限に供給する制度を明らかにした。だが最も重要だったのは、デフレ脱却に「一体となって」取り組むことを確認する文書に、閣僚2人とともに日銀の白川方明総裁も署名したことだろう。
政治家は、日銀がデフレを克服するために十分な対策を講じていないと批判を繰り返してきた。この文書が持つ意味は、日銀に対する「政府の支配が強まった」(ゴールドマン・サックス証券のチーフエコノミスト、馬場直彦氏)ことだ。
3つ目の要因は、目前に迫った日銀のトップ交代だ。白川総裁の任期は来年4月で終わるため、投資家は後継候補の金融政策の方向性を検討し始めている。日銀総裁と副総裁は衆参両院の同意を得たうえで政府に任命される。UBSのチーフ為替ストラテジスト、マンスール・モヒウディン氏は次期総裁は恐らくハト派の傾向が強まるとみている。
最有力候補に挙がっているのは、財務省出身で元日銀副総裁の武藤敏郎氏と、研究機関のトップを務める元日銀副総裁の岩田一政氏だ。どちらも、2~3%の物価目標の設定を求めている自民党の安倍晋三総裁にそれほど強く抵抗しないかもしれない。
■下落の余地は限られる可能性
米連邦準備理事会(FRB)の金融緩和に異議を唱える可能性が高いとみられていたロムニー氏が米大統領選挙で敗北しても、円相場がほとんど反応しなかったのはこのためだ。
欠けているのは、米国債利回りの安定的な上昇だ。ドイツ証券の為替ストラテジスト、田中泰輔氏はドル・円相場にとっての「ベストのシグナル」は日米の2年物国債の利回り格差だと指摘する。現在は0.17%程度の利回り格差は、過去1年間の平均値とほとんど変わらない。これは円相場がさらに下落する余地は限られるかもしれないことを示唆する。
ゆっくりとした下落ペースを続ける円相場。今のところ、アナリストたちに「これは持続可能な動きだという安心感」を与えている。
By Ben McLannahan
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.