読売新聞 1987-88年連載コラムより 「健康・スポーツ心理学」に関するもの。
『病気を患った後の新たな希望はスポーツで』
西ドイツ・チュービンゲン大学から話をお届けしたい。
哲学者ヘーゲルがここで教えたり、ヘッセが『車輪の下』で回想した神学校時代を送った町である。ここでウルリケという女性スポーツ心理学者に会って、教えられることが多かった。
乳ガン手術後の女性にスポーツヘの参加をうながして、生きていく気力を充実させようというのが彼女の研究である。
乳ガンの手術を受けた人の中には、家に引きこもりがちになったり、洗濯物を干そうとして腕が自由に上がらないことにショックを受けて、落ち込んでしまう人もいるとウルリケは言う。
二年前にわずか三人の女性を相手に始めた体操の実験研究を地方新聞が応援してくれ、今では三十人の女性が参加している。乳ガン手術後の女性の体操への参加は、不安や無気力を低減し、社会的関心と接触を高めることが確かめられはじめている。
特に一人住まいの女性の場合、体操への参加が精神的健康さを高める効果が現れている。
ウルリケは心理学者であると同時に、効果的な運動を開発する体操デザイナーでもある。集団の体操ゲーム、音楽を使ったリズム運動、そして運動後の語らいの時間などが彼女のプログラムに入っていた。
『目の見えない子の能力開発』
西ドイツ・チュービンゲン大学からもう一話。
教授のガーブラー博士が、「大学では忙しくて落ち着かないから、家でコーヒーを飲みながら話そう」と言って、車を運転して大学から五分ほどの自宅に招いてくれた。
シュバルツバルトの山並みの見える居間で、二時間ほどおしゃべりした。
教授の目下の仕事は、目の見えない幼児と母親のための運動ゲームを開発することだ。
目の見えない子を持った母親は、子供の能力を過小に評価して過保護になりすぎるのではないかと、ガーブラー教授は考えている。
運動ゲームの開発は、子供の能力を伸ばすだけでなく、母と子の関係を改善し、母が子供の能力を正しく認識する機会を与えるものにしたいと言う。
この研究は、ベンツのメルセデスとIBMの援助によって進行中で、子供の成長を追いながら、六、七年は続ける計画だそうである。
目先の研究を忙しく追いかけている米国や日本の研究者とは違った行き方が、ドイツの研究には残っている。どちらにも長短はある。
運動の効き目をどのように測定すればよいだろうと考え込んでいたが、ガーブラー教授の研究の成功を祈りたい。
(市村 東京成徳大学 応用心理学部長の投稿)