7.3 効果的な文章表現にする
●文章技法とは
さて、やや理屈っぽい話が続いてしまいました。でも、こうした理屈をある程度知っている人と知らない人とでは、どこかで文章作りの深さが違ってきます。自分なりの工夫にも創意が発揮できます。 そうは言ってもという諸君の気持ちもわかります。そこでここからは、読み手に理解してもらう、納得してもらうための実践的な文章技法の話になります。 文字、単語、分節、句、文、パラグラフ(段落)、テキスト、それぞれについてそれなりの技法がありますが、紙幅の制限もありますので、以下、総合的な学習などで要求されるレポートのような説明テキストを想定した技法に限定します。
●見出し効果を活用する
新聞を広げてみてください。ぱっと目に飛び込んでくるのは、見出しと写真です。見出しや写真には、強い「誘目性」があります。 ですから、見出しは文字が大きく、縦書きの中であえて横書きにしたりして目立たせることになります。 見出しは、もう一つ、誘目性以上に大事な役割があります。それは、表現する内容の大枠、あるいは、鍵になる内容をわかってもらうことです。これが、見出しの内容の理解支援効果です。 心理学の用語を使うなら、読む前に読む方向をガイドするということで、「先行オーガナイザー(organizer)効果」と呼ばれています。 本書でも、本のタイトル、章タイトル、節タイトル、小見出しを使っています。これが、内容理解にどれほど役立っているかを考えてみてください。 ややくどくなりますが、タイトル効果を実感してもらうための「学習力トレーニング」も用意してみました。
学習力トレーニング「見出し効果を実感する」*******************
次の文章中のAは、何のことかを考えてみてください。*1
「Aは、我々の生活と切り離して考えることができないものです。ふだん、我々はそれを意識することもあれば、しないこともありますが、それは、我々のいるところ、行くところ、にはいつでもどこにでもあります。 Aのはっきりした形はありませんが、気をつければ我々は身近にAを見つけることができます。---後略---」(丸野俊一氏による)
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見出し内容には、次の2つのタイプがあります。
○内容の大枠を見出しにするタイプ(概要的タイトル) 全体をイメージできるような見出しです。本のタイトルや章タイトルの多くは、このタイプです。 例 「心理学ってどんなもの」 「認知心理学への招待」
○内容の核を見出しにするタイプ(キーフレーズ的タイトル)
この本で言うなら、1頁くらいのまとまりに一つくらいの割合でつけるようなときに、そこで言いたいことの中核になる内容を短いフレーズにして小見出しにします。これを見るだけで、かなりのところまで内容の見当がつくようにします。 例 「なぜ、”あれ”が思い出せない」 例 「いつも時間がないA君と片づけられないBさんへ」 書名となると、圧倒的に、概要的なタイトルが、小見出しになると、キーフレーズ的タイトルが増えます。後者のタイトルを付けるのは勇気が入りますが、時にはその奇抜さによる訴求力を活用してみるとテキストの内容が生き生きしてきます。 本書のタイトル、小見出しを、内容理解の支援という観点から点検してみてください。それが、ここでの「学習力トレーニング」になります。
●メリハリをつける
メリハリは「減り張り」と書きます。 文章表現におけるメリハリとは、大事でないところは、表現を弱め(減らし)、大事なところは強める(張る)ことです。 まずは、構想の具体化の段階で、表現内容のメリハリを考えることが先決です。その上で、それを表現に反映させます。 文章表現のメリハリは、小さいところから、大きいところまで多彩ですが、その基本は、区別化と階層化です。 区別化とは、内容の似たものはまとめて、それ以外と区別することです。心理学用語では、「チャンキング(chunking)」と言います。 たとえば、次のような「表記のだんご」というのがあります。
・ユーザーズレファレンスマニュアル
・カネヲクレタノム
・国立大学入学試験検討委員会関東甲信越部会会合日程
同じ文字種を使ってたくさんの内容をひとまとまりにしてしまったものです。区別化とは、これを、たとえば、次のように表記することです。これによって、パッと見たときに、意味のまとまりが見えるようになりました。前よりずっとわかりやすくなりました。 ・ユーザのための参照マニュアル(異なった字種を混ぜる) ・国立大学入学試験検討委員会「関東甲信越部会」の会合日程 (括弧などで区切る) ・金をくれた飲む/金をくれ頼む(漢字仮名交じりで意味を確定) 文章表現における区別化の伝統的な仕掛けを挙げておきます。 ・句読点(、。)や「 」 ・や空白など ・箇条書き ・パラグラフ(段落) ・小見出し
学習力トレーニング「区別してみる」************
次の文章を区別化してしてみてください。 「非常のときはレバーをまわし座席を前に倒して非常ドアをあけて外に出てください」
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● 階層化する
メリハリづけのもう一つは、階層化です。 階層化とは、区別化したものの大事さや読む順序などがわかるよう(見えるよう)に表現することです。 先ほどの「非常の時」を例にとれば、図のように表現することです。
****図 階層化された表現の例 pp*すみ
階層化の基本は、大事なものに注意がいくようにすることです。 これによって、見落としや読む順番などを間違えないようにしてもらうだけでなく、深く読んでほしいところとざっと読んでもよいところとを読み手に伝えるわけです。 階層化の具体的な方策はたくさんあります。レポートなどで1枚の用紙を階層化するオーソドックス方策だけ紹介しておきます。
1)文字の種類や大きさを変える 本書では、小見出しは、大きさは**ポで明朝体という活字体(フォント)です。本文は、大きさは**ポでやはり明朝体です。
2)項番を変える これも本書で言うなら、「1章ーー>1.1」にようになっています。1.1の代わりに、1節を使うこともよくあります。さらに、本書では、1.1の下は項番なしの小見出しですが、1.1.1というのもあります。ただ、文章に過度に数字が入ると堅苦しくなります。
3)書き出し場所(インデント)を変える 階層が下がるほど、一番上から一文字下げ、2文字下げとなります。
***図 1ページを階層化する典型例 pp**
区別化のときと同じで、階層化の利点は、パッとみただけで、内容の構成や大事ことや読み方がわかることです。 ただし、あまり階層を深くすると、どの階層を読んでいるかがわからないくなります。3階層あたりが限界です。
●見てわかるようにする
文章は読んでわかってもらうのが基本ですが、その読み方を側面から支援するのが、メリハリ表現なのです。 ここでは、さらに、視覚に訴えるビジュアル表現について少し述べておきます。 ビジュアル表現の利点は、直感的に内容の理解ができることです。しかも、「1枚の絵は千の言葉に優る」というくらいに、上手に描けば、たくさんの情報を伝えることができます。 ビジュアル表現には、4種類があります。 ・データや資料を見やすいようにした図表 ・文章の内容や構想の図解 ・現場や現物などを正確に知ってもらうための写真やイラスト ・文書に親しみをもってもらったり内容をまとめたりするための 漫画風のイラストや写真 縦書き文章は、上から下へ、右から左へと線的に処理をしていきます。したがって、論理的な関係を表現するのが得意です。 これに対して、ビジュアル表現は、平面的に広がってしますから、全体も、全体と部分の関係も、部分と部分の関係も、一目で直感的にわかります。 この異なる特徴をお互いに補い合うために、文章表現の中にビジュアル表現を入れるわけです。言葉とビジュアルの両方での冗長表現が理解を促進します。 これは、8章で述べる発表(プレゼンテーション)では必須となります。そこでも、効果的なビジュアル表現についてさらに考えてみることにしますので、ここでは、次の実習で、簡単な図解の練習を一つだけやってみてください。
学習力トレーニング「文章の内容を図解で表現してみる」****
本文で説明したメリハリ表現の部分について、図解してみてください。*2 *******
効果的な文章表現の技法は、まだまだたくさんありますが、そのいくつかは、発表のそれと共通していますので、そちらで紹介することにします。さらに、コラムにも、いくつかの指針を掲げましたので、参考にしてみてください。 *1 タイトル「空気」「血液」「お金」「水」をつけるとどうでしょうか。ぐっと内容の理解がすすむはずです。タイトルによって、あなたの持っている関連知識の網が張られて、その中に、テキストの内容が取り込まれるからです。別のタイトル「お金」「水」「血液」を付けると、Aがそのようにも思えます。見出し効果がいかに強いかがおわかりだと思います。 *2 メリハリ表現には、区別化と階層化あること、区別化してから階層化すること。この2つの要素が図に表現できればよい。
************ コラム「効果的な文章表現のための指針」
2冊の本から文書作りに役立ちそうな指針を拾ってみました。 一つは、拙著「くたばれ、マニュアル」(新曜社)からのものです。取扱説明書(マニュアル)をわかりやすくするために考えたものですが、その中には、一般の文書作成にも有効なものがあります。 もう1冊は、市川伸一「勉強法が変わる本」(岩波ジュニア新書)の目次から拾ったものです。小論文を書く時に有効な指針です。なお、市川伸一先生は、筆者と同じ、認知心理学者です。先生の本も大変参考になりますので、一読をおすすめします。
●マニュアル(取扱説明書)からの指針
1)操作支援(操作を指示する) ・1文1動作で ・操作ー結果ー操作のサイクルを示す
2)参照支援(情報を探しやすくする) ・出来上がり索引を使う ・目次はユーザのすること(タスク)を考えて作る ・読み手の視点から書く
3)理解支援(わかりやすくする) ・操作の目標、全体、意味を先に示す ・専門用語の使い方を慎重に ・読み手は関連知識を持たないと想定する ・情報の階層化と表現の階層化をはかる
4)動機づけ支援(読んでみたいと思わせる) ・親しみを表現する ・出来上がりを最初に示す ・実益を感じさせる ・長い文書はその読み方を示す
5)学習・記憶支援(覚えるべきことを覚えやすくする) ・基本操作だけを習熟させる ・何が憶えるべきことかを示す
●小論文を書く時の指針
「書く前に」
・ものを書く立場に身を置いてみよう
・比較的自由な小論文でウオーミングアップ
・素朴な考えをどう深め、広げていくか
「書く時に」
・課題の意図を読み取る
・自分にひきつけて考える
・誤りやすい論旨展開に注意する ・できれば具体策を出す
・構造がわかりやすい段落構成にする
・自分が感じた素朴な気持ちを分析してみる ・問題を外に広げてみる