7 頭の中だけでこねまわす
頭の中のものを外化することの大事さはあちこちで述べてきた。しかし、頭の中であれこれこねくりまわすことも、外化に劣らず重要である。
計算でも、いつも紙に書かないと計算ができないのでは困る。日常生活の上で困るだけでなく、頭を鍛え、集中力をつける上でも好ましくない。
頭の中で計算するには、集中力がいる。途中の結果をきちんと覚えていて、次の桁の足し算をしたり、かけ算をしたりしなくてはならない。
頭の中だけで、記憶したり考えたりすることの利点の一つは、頭を鍛えるということにある。
頭の中での情報の操作も、やはり普段から活発に行なうように訓練しておかないとサビついて、やがては力も落ちてくる。
しかし、この点は人間の頭脳の働きを支援する認知的人工物・コンピュータが広く普及してくるにつれてあまり好ましくない環境になってきている。計算は計算機、書くのはワープロ、考えるのは人工知能。
こんな具合に頭の中で行なうべき仕事の多くが、コンピュータに手軽にまかすことのできる環境が我々の身の回りに用意されてきている。よほど意図的に、みずからの頭を使う努力をしないと、サビつくのを通り越してボケてしまう心配さえある。
今、高齢者用の計算ドリルの本が爆発的に売れている。小学生の頃の加減乗除で脳を活性化しようという試みで、学習療法(川島 隆太 )と呼ばれている。
さて、頭の中で情報を動かすことのもう一つの利点をあげておく。
暗算にしても数学の証明にしても、あるいは文章を書くにしても、紙とエンピツでそれをするとなると、論理の筋道をきちんとたどっていくことになる。
しかし、そこに至るまでの過程では、きわめて非論理的で、ことばや記号ではとても表現することのできないイメージ思考、アナログ思考が先行しているのである。
このような思考を、すぐに外に出して整った形にしてしまうのは、思考の自由奔放な展開を妨げてしまうおそれがある。アイデアが自由に頭の中を飛び回る状態を楽しむことも大事である。
かくして、こんな工夫をしてみることをすすめる。
○基本的な資料やデータは、きちんと一定の形式のカードやノート に書き出しておく。
○アイデアは、最初はあまり整った形では書き出さずに、自分だけ にしかわからないくらいのメモ程度にとどめておき、少しずつ整 理していく。
○書いたものを時々は眺めてみる。
○一日に何回かは、頭の中で問題をこね回してみる。