視線力アップ
●学生のうつむきプレゼン
演習では、学生にプレゼンをしてもらうことが多くなります。
「では、田中君、はじめてください」とやると、最初は、書いてきたものを演台に置いて、それをぼそぼそと読みあげることになります。
そこで、あれこれといちゃもんをつけます。視線に関しては、たとえば、こんなことを伝えます。
「顔をあげて視線をこちらにも向けてください」
「聴衆に語りかけるのに、そちらのほうを見ないのは、そっぽを向いて相手と話すようなものです。失礼です」
「テレビでも、カメラのどのあたりを見て話すと、視聴者の目線と合うかが計算されているのです。それくらい視線は大事なのです」
「視線を合わすのは、プレゼンの場の緊張感を作り出すのに必須なのです」
といったようなことを話すと、最初は、おずおずと顔をあげながら話しますが、次第に良くなっていきます。
なお、多数の聴衆相手の視線配りの作法は、視線が合い、かつ会場全体に散らばっている熱心に聴いてくれる3、4人を見つけて、順繰りにその方々を見ながら話すことが基本となります。
●
●気持ちを伝えるメッセージとしての視線
もうひとつ面倒なのが、視線が気持ちを反映しているという事実があります。「目は口ほどにものを言う」です。
気持ちがびくびくおろおろなら視線は定まりません。自信たっぷりなら、ゆったりとした視線配りになります。相手の心の状態を視線から推察できることなります。
相手が子どもの場合、とりわけ、「口」では語れないことがある場合には、視線から得られる情報には貴重なものがあります。
視線についての研究から、さらに以下のようなことが知られていますので、紹介しておきます(渋谷昌三「手にとるように心理学がわかる本」かんき出版より)。
・相手と視線を合わせる回数が多い人は、人と一緒にいたいという親和欲求が高い。
・相手を支配したいという欲求の強い人は凝視する傾向がある。
・社交的な人、気配りする人、依頼心の強い人は、相手を頻繁に凝視する傾向がある。
なお、これはいずれも、大人についての知見ですが、子どもの視線から何かを読み取るときのヒントになるかと思い、引用してみました。
●情報を集めるための視線
視線には、もう一つ別の大事な役割があります。それは、視線は、外から情報を収集する役割です。
視線の動きは、受動的なところと能動的なところとがあります。目立つもの、自分の興味、関心のあるものには自然に視線が向けられます。一方、みずからの意志で見たいものに視線を向けることもできます。
コミュニケーションの状況に限定しても、視線を向けることによって、相手からさまざまな情報を得ることができます。
相手の視線の動きや顔の表情から感情を推しはかることができるのも、そこに視線を向けたからです。あるいは、相手のジェスチャーから、相手の強調したいことや訴えたいことを探るのも、視線による情報収集の一つになります。言葉不如意の子ども相手では、特にこうした情報収集という観点からの視線配りも必要となります。
●視線をコントロールして気持ちを平静にする
最後に視線に関する余談を一つ。
PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder)の治療のひとつに、過去の心的体験(トラウマ)が不本意に想起されて(フラッシュバックして)気持ちが乱れた時、規則的に動かす手先に視線を集中させて気持ちを落ち着かせる手法があります。視線の動きの方に注意を誘導してトラウマから気を逸らさせる手法です。
英語では、Eye Movement Desensitization and Reprosessing 、略してEMDRと呼ばれています。
日常的にもこれに類したことをすることがあります。じっと一点を見つめたり、動く指先を目で追ったりして気持ちを落ち着かせるのです。
こんなことにまで思いをはせると、視線って本当におもしろいです。