事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「街とその不確かな壁」 村上春樹著 新潮社

2023-05-17 | 本と雑誌

職場にやってきた書店の外販に

「売れてる?村上春樹の新作」

「売れてるんですよー。本屋にとって久々のいいニュース」

「へーえ、おれも買うけど、重版されるまで待つとするか」

「営業車に一冊だけ残ってます!」

もちろん村上春樹はまごうことなくベストセラー作家だが、この6年ぶりの長篇へのまわりの熱狂は発売前から並ではなかった。いったいそれはどうしてだろう。

この小説の成り立ちは変わっている。1980年に文芸誌に発表した中篇を村上は単行本化していない。全集にも入れていない。自分はまだこの物語を書くべきレベルではないと考えたようだ。そのため、その数年後に中篇をモチーフにして描いたのがあの「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」だというのだ。

二十代だったわたしが、世界の終わりを読み進めたときのことはまだおぼえている。おれはいま、とんでもないものを読んでいると感じていた。その当時からわたしにとって村上春樹は特別な作家だったけれど、あれほどとてつもない作品を書くとは。

そしてふたたび、村上はその中篇をリメイクした。壁に囲まれた陰鬱な街と夢読みの静かな物語。だれだって「世界~」との相似に気づく。

舞台の一部が福島県に設定されていたり、“壁”が災厄を防ぐためにあるというセリフがある以上、東京電力福島第一原発や新型コロナウイルス感染症を意識したのだろうし、そんな気分が彼の新作を待ち焦がれる下地になったのかもしれない。

影と引き離された人間と影。どちらがどちらなのかというミステリ的興味、二重の意味でセックスを拒否する女性の登場など、読みごたえがある。

しかしそれ以上に、わたしはこの新作でうれしかったのは、比喩の多用という村上文学本来のありようがとても充実していたこと。おれは村上春樹を読んでいるという喜びが、この小説にはたっぷりとつまっていることでした。ああ読み終えてしまった……


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