第24回「パリの御一新」はこちら。
コピーはオリジナルをグロテスクなまでに模倣する。がわたしが打ち立てた少年ジャンプの法則です。
週刊少年漫画誌として、サンデー(小学館)やマガジン(講談社)よりもはるかに後発だったジャンプ(集英社)は、勝負勝負の連続で(作家は疲弊したけれども)読者を獲得し、トップになった。
ブッシュ大統領(子どものほう)は父親を意識してか、何の意味もないのにイラクへ侵攻し、おかげでこんなことになっている。
幕末はどうだろう。サムライのトップである徳川慶喜は「怯懦の人物」としてそしられ、天璋院(彼女も一種のお姫様のコピーだ)から腹を切るのでしょうねと言われてもなにも言い返せない。
逆に、およそサムライでもなんでもなかった血洗島の平九郎(岡田健史)は最後まで徳川の側に立ち、しまいには切腹してみせる。
そして畏友の成一郎(高良健吾)や多摩の薬売りだった土方歳三(町田啓太)は、幕臣が次々に逃げ出すなかで、箱館まで戦い抜く。
武人であるサムライが、行政を担うという無理は神君徳川家康でも気づいて……いやきっとあの時代はそうでもなければ。いろんな矛盾が噴き出ていたことに乗じた、と言って悪ければ宗教的熱狂を(誰かが)利用したのが明治維新だったのでは。
イッセー尾形登場。三井の番頭として。これからは商人の争いだと彼はつぶやく。そうあってほしい。それだと、渋沢栄一はコピーにならなくてすむんじゃないか。
第26回「篤太夫、再会する」につづく。
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