ドラゴンボールのオンエアがフジテレビで始まってから数日後、わたしはあるアニメオタクと話していた。
「どうだった?」
「……中間色がよく出てました」
さすがオタク、と感じ入った。そこにこだわるか。
彼にとっては、ドラゴンボールがそこにあるのは当然で、どこまでのレベルかだけが問題だったのだ。
Dr.スランプの連載が始まるまで、ジャンプの編集部から鳥山明は徹底的にしごかれ、何度も何度も書き直しを命ぜられたのは有名な話だ。同時に、ドラゴンボールの連載に彼が疲れ果て、早く終わらせてくれと主張したのにそっちも拒否されたと。
わたしはドラゴンクエストを気を失うまでやりまくった人間なので、鳥山明の訃報には呆然としている。
いろんな経緯から、彼の画風は最初から完成されていた。縁取りがきっちりとしていて、同時に丸っこいキャラはなんとも愛らしかった。その究極がスライムだろうと思う。完璧。
つくづくと思う。彼はマンガ家としてすばらしいのはもちろん、“日本の画風”すら鳥山明に誘導したではないか。
銀行の椅子に座りながら、スマホで彼の訃報に驚愕。
「44番の番号札でお待ちのお客様あ」
ちょっと自分が呼ばれたのか判然としない。あたふた。
「何をそんなにあわててるんですか」と銀行のお姉さん。
「鳥山明が死んだのにびっくりしてたんだよ」
「え」
日本全国が、あるいは全世界が驚くことになった。
アニメアラレちゃん〜悟空に夢中になり学生時代にはタッチとドラゴンボールを同時立ち読みしていた思い出の作家さん、、、
昨年の松本(零士)先生に続いて鳥山先生とは寂しいです。
お二方に縁の深い野沢雅子さんのショックはいかばかりか。
もう何が何やら。