昨夜放送していた映画「半落ち」。前にもテレビで見たような気がするけど、あんまり覚えてなかったところをみると、ちゃんと見てなかったらしい。
アルツハイマーに侵された妻に懇願されて殺し、自分も死のうとしたが結局自首した警察官(元刑事)。殺してから自首するまでの行動を頑として語らず、歌舞伎町に行っていたという証言から、警察・検察・新聞など周囲の思惑がぶつかりあいながら、裁判に入っていく。
主人公がなぜ歌舞伎町に行ったのか、なぜそれを語らなかったのかは、裁判のシーンの中で明らかにされていく。一人息子を白血病で亡くした主人公が、ドナーとして骨髄を提供した相手に会いに歌舞伎町に行き、その相手のプライバシーを守るために語らなかった。そして、ドナー登録が取り消される51歳まで、再び誰かに提供する可能性がある間は生き続けるために、妻の後を追って死ぬことをやめたのだった。
芸達者な俳優たちの演技が、フィクションだからこその本物になって迫ってくる。「何もしてやれなかった、殺してやることもできなかった、ごめんなさい」と泣く、死んだ妻の姉。「魂がなくなれば、命ではない? そんな裁きをつけられるのは、あなたでも私でもない」と叫ぶ、認知症の父を持つ裁判官。「そうです。そんなことを裁ける人はいない」と答える被告人。
実刑判決が下り、護送されていく主人公に窓からそっと姿を見せる、骨髄移植を受けた青年。息子が元気だったころの、紅葉の中の家族の姿で終わる。
息子が見たような顔だと思ったら、この前このブログに書いた石田法嗣だった。見かけるときは続くものだ。
これまた
Wikipediaを見たら、原作の小説は直木賞候補になったとき、「事実誤認がある」とされ、受賞しなかったらしい。何が?と思ったら、「刑務所に収監されている人は骨髄移植のドナーになれない」とされているので、主人公が移植の可能性を信じて生き続ける動機にならない、ということらしかった。
「このミステリーがすごい!」1位に選ばれ、ベストセラーとなったが、直木賞選考委員の一人・林真理子が「欠陥がある作品に賞を与えた業界に問題がある」「欠陥があるのに売れ続けるなんて」と発言して論議が起こった。作者の横山秀夫は「読者まで侮辱された」と反論、直木賞と決別宣言をしたという。
そんなことがあったとは全然知らずに読んでいた。結局、この小説の設定では必ずしもドナーとして提供できないと決まっているわけではないということだった。詳しくは
こちらを。
登場人物それぞれの立場から事件に向き合っていく内容なので、小説より映画のほうが重層的に描けて感情移入しやすかったかな。小説ももう一度読んでみたくなった。と思ったら、先日処分してた・・・。やっぱり、これからは電子ブックか?!