▲ 今週の看猫;みけちゃん
▼ 新しい街でもぶどう記録;第304週
■ 今週の武相境斜面
■ 今週知った日本語
吐き戻し。ググると、新生児の育児でよく使われる言葉らしい。「戻す」は、「吐く」という言葉が露骨なのでやわらげるための言葉と思う。だから、吐き戻しは加重的表現だと思うだが。吐き戻し=激しい嘔吐という語感か? うちのみけさんが、「吐き戻し」が頻繁なので、買ってみました。
■ 今週の「米帝」(=アメリカ帝国)
先週、「アメリカ帝国」というのが学術用語なのだろうか?と疑問を持った。一方、岩波新書ではアメリカを帝国と称することを指摘した。今週の購書;『20世紀アメリカの夢: 世紀転換期から1970年代 』(岩波新書) 2019年刊 [Amazon] を見てたらあった(上画像)。また、岩波新書だ。しかも、最近だ。
この本で「アメリカ帝国」とアメリカが示されるのは、米西戦争でフィリピンを領有する頃の時代。この時代、ハワイも領有した。さて、こういう認識、つまりアメリカを帝国と見ることに基づくと、日米戦争(1941-1945)は帝国主義間戦争ということになるのだろうか?これは、民主主義対ファシズム/軍国主義の戦争という認識とは異なることになる。
■ 今週知ったこと; Offlimits to all allied forces: 連合国軍兵士立ち入り禁止
占領下のオフリミット(offlimits)って日本人立ち入り禁止ということなんだろうと思っていた。違った、あるいは、違う用法があったのだ。日本人しか入ってはダメという地区があったのだ。逆にいうと、Offlimits to all allied forces 以外の地域は占領軍はどこでも立ち入り可能ということだが。
以前、「今週の非接収地域史跡探訪」を書いた;
「横浜港隣接地帯接収現況図」より。
着色地域が米占領軍接収地域。色の違いは返還の時代の違い。①山下公園、②大桟橋、③中華街、④横浜球場
現在の中華街は、非接収地域だった。さらには、占領軍兵士立ち入り禁止だったのだ。
ちなみにこの頃は、「中華街」とは呼称されておらず、南京街と呼ばれた。
出典;
■ 今週の「共産主義的人間」
マルクスやレーニンについて本を書いている白井聡さん。
荒井由実のまま夭折すべきだったね。本当に、醜態をさらすより、早く死んだほうがいいと思いますよ。 ご本人の名誉のために。Google
「共産主義的人間」とは、「オレの気に入らない奴は、死ね!殺せ!、滅びろ!」という身もふたもない情念を持つ人のこと。典型例に、非「文明的」なインド社会は、イギリスに滅ぼされて当然という思想(カール・マルクス、『イギリスのインド支配』和訳全文)がある。
なお、貴重な情報がネット(ni_ka 、叛乱論研のこと。 革命と父性 )にあった;
この研究会には、思想家の白井聡さんも参加していたのだけど、白井さんのご著書の『「物質」の蜂起をめざして ―レーニン、「力」の思想―』が課題の会で、長崎浩さんが白井さんのテクストやレーニン観について非常に厳しいご意見やご質問を示し、白井さんはしどろもどろになったりしたことがあった。白井さんは顔を長崎さんから背けながら、「それでも僕はレーニンのそういうところにも惹かれているんで……」と小さな声で仰っていたけれど応答しきれていなかった。長崎さんは強い眼差しで胸を張ったような姿勢で白井さんをみていた。私が意見や疑問を長崎さんに述べてもいつも長崎さんは丁寧だったし厳しいご意見は決して仰らなかった。優しいというのとは違う尊重があった。もちろん白井さんにもその尊重の姿勢は崩していなかったのだけど、長崎さんは白井聡さんのことを一人前の思想家として認めていらしたからこそ、白井さんに厳しいオブジェクションを投げたし返答を求め、白井さんと正面から対峙したのだと感じた。
けれど白井さんはそれからしばらく叛乱論研にいらっしゃらなくなった。みんなは「長崎さんにしばかれたからなぁ……」と言っていた。
(中略)
打ち上げでお酒もすすみ話が盛り上がり、小休止で静かになった時間帯があった。その時、白井さんが脈絡なく急に両腕を天井方向にぐうっと伸ばして、万歳して背伸びするようなポーズで
「あーー、革命してええーーーー!」
とわりと大きな声で満面の笑みで言った。私はふきだしそうになったのだけど、というかふきだしてしまったのだけど、私以外の人は誰も何もリアクションをしなかった。若手評論家さんや編集者さんは白井さんたちとは少し離れたお席で別のお話でわいのわいの盛り上がっていたので気づいていなかった。白井さんのすぐそばでお酒を飲んだりたばこをふかしていらした長崎浩さんと笠井潔さんは、白井さんの言動、背伸びしながらの「あーー、革命してええーーーー!」は、間近なので絶対に見えているし聞こえているはずなのに、ガン無視をしていて見ざる聞かざる言わざるという感じで、静かにそのままお酒やタバコを嗜み続けていらした。
(中略)
白井さんは最近制限選挙に部分的に理解を示したり、ご自分と政治信念や投票行動が異なる人に「判断力のない人々(愚民)」というような言葉を用いて批判をされていて私は悲しく思う。また、「判断力がない人間に参政権を与えるのは不適切」というようなご主張も、自分、或いは自分たちは判断力が常にある特権的な人間だと思い込んでいなければ、できないはずだ。自分の思うように選挙結果がいかなかったからと言って、ある人々に判断力がないとレッテルを貼って参政権に制限をなんて言ってしまったら、それは差別でしかないし子供の思い上がりでしかない。それに異なる政治信念や立場や意見にもどこかでその人なりの理があるのかもしれないと謙虚でなければ、多様な人同士で尊重し合う社会は決して訪れない。
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