新型肺炎が中共で爆発的に拡大している。すでに湖北省武漢市だけで発症者は計198人に達し、死者は3人に拡大した。それ以外にも北京や広東省深圳でも発症者が確認されており、実際はその何倍もの患者がいるともいわれている。これからの春節の大型連休の期間には中共から大挙して日本にやってくる。昨年は70万人以上であった▼日本は危機感が足りないような気がしてならない。人から人へと感染は拡大しており、水際で阻止するために、日本政府は万全の策を講じなくてはならない。観光よりも命が優先されるべきなのである▼カミュの『ペスト』(宮崎嶺雄訳)の一節が思い出されてならない。「我が市民たちも人並み以上に不心得であったわけではなく、謙譲な心構えを忘れていたというだけのことであって、自分たちにとって、すべてはまた可能であると考えていたわけであるが、それは天災は起こりえないと見なすことであった」▼新型肺炎は恐るべき猛威を振るうにもかかわらず、人々は楽観的に考えがちなのである。中共当局が事態を隠蔽していることもあって、より深刻になってきている。すでに日本でも1人確認されている。安倍内閣が対応を誤れば、日本でもパンデミックが起こりかねない。中共からの渡航者を、自己申告だけで入国させるような甘い対応をすべきではなく、一人ひとり徹底的にチェックすべきなのである。
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「タルピオットと呼ばれる最先端軍事技術の研究・開発を担うトップエリートプログラムへの選抜は、毎年、義務教育を修了した5万もの学生(徴兵候補者)の適性をとことんチェックする。リーダーシップ、協調性、突然のアクシデントでも冷静さを失わずに正しい解決法をすばやく選択できるかどうかなど、項目は多岐にわたる。たとえば、顕著な数学的才能をもつ学生でも、自分勝手なふるまいをしたり愛国心に欠けたりする者は選抜されない。
そうやって選抜された約30人の若者は、最新兵器開発のための選りすぐりのスーパーエリート候補としての教育と訓練を受ける。フル装備を背負ってネゲブ砂漠を行進したり、パラシュート降下訓練もある。
タルピオットのプログラムは、ミッション(任務)遂行トレーニングである。そのミッションとは相手の意図、環境、気象などコントロールできない環境下で最悪のシナリオを想定し、生存するための方策を兵器システムとして考える。約40年もの歴史を通じ確立されたタルピオットの教えは『不可能なことは何もない』ということと『恐れない気持ち』であるという。
3年に及ぶプログラムを乗り越えた者は、名誉ある『タルピオン』と呼ばれ、軍の各所に配属され、約6年間、軍に所属しながら研究開発をおこなう。その間、ヘブライ大学やワイツマン科学研究所、テルアビブ大学などで修士、博士号の取得を目指す者も多い。
専門家の間では、ドローン、自動運転技術、顔や指紋の認証システム、弾道ミサイル迎撃システム、さまざまな通信・傍受技術など、近年の軍事のパラダイムを変えた多くの発明が、タルピオットから生まれたとみられている。
また、サイバー専門の8200部隊がある。現在、イスラエルではインテリジェンス関連の情報の90%は8200部隊がもたらし、諜報特務庁『モサド』にせよ他の情報機関にせよ、8200部隊なしに大きな作戦をすることはないという。
8200部隊もタルピオットと同じく高校卒業時に上位1%の中から選抜される、選りすぐりのエリート集団である。さらに驚くのは、13歳の若さでの選抜もあることだ。候補者を見出すと、部隊は時に半年以上もかけて、彼らに厳しい面接や試験、コミュニケーションや電子工学、アラビア語などの講義を行い、学習能力や変化への対応力、チームへの適応力、他者が不可能と見ることにも果敢に挑む姿勢などをチェックする。そうした厳しい審査をくぐり抜けた者が、最終的に選抜される」
「国は徴兵制を通じて若者に大きな責任を与え、『自主独立』と『失敗を恐れず変革を続ける』メンタリティを植えつける。若者たちは、そこで人生の宝となるスキルとネットワークを得る。そして除隊後、海外遊学を経て『大人』となって帰国する彼らに、国はさまざまな高等教育を用意している。イスラエルの大学は、実用性、応用性、そして先進性のある技能の習得に力を入れており、軍産官学の連携が進んでいる。
ベール・シェヴァという都市では、軍、産業、自治体、大学が1つのタウンを形成し、軍産官学の人間が、同じスペースでコーヒーを飲み、情報交換しながら切磋琢磨していく環境があるという」(米山 伸郎『知立国家 イスラエル』から要約・再構成)。
翻(ひるがえ)って日本を見るに、「日本の若者はシラケている、とよく言われる。この現象を大人たちは、日本の若者のヤル気のなさに帰す。だが私にはそれが、負けるんではないかという怖れからきているのではないか、という気がしている。(中略)
今では多くの人が、イタリア・ルネッサンスや古代ローマの歴史を書くことは塩野七生の天命とでも思っているかもしれない。ところがその『天命』なるものは、娘時代の自信の無さをどうにかしなくてはという思いで始めた数多の悪あがきの結果にすぎないのである。だから若い人たちも、簡単にシラケないで悪あがきしてほしい。」
悪あがきを続けて、ある日突然、成果が出る。「そうすると人は、ひょっとすると自分には力があるかも、と思うようになる。そして、これこそが生身の人間の面白いところだが、以前は思いもしなかった力までも発揮できるようになるのだ」(『日本人へ 危機からの脱出篇』塩野 七生)。