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「コロ」
と呼ぶ声がした。
コロが尾を振った。
「ワン」。
部屋の明るさがました。
パソコン(FMV)が起動した。
録画予約がスタートしたのだろう。
何を予約したか思い出せない。
「誰かいる」
部屋全体に靄がかかり、女が浮かび上がった。
母だ。
母の匂いがする。
乳の匂いがする。
若い母だ。
九十過ぎの紙のように痩せた母からは想像できないほど若いころの母はよく太っていた。
「お母ちゃん」
と順平は叫んだ。
順平は抱きしめられた。
母が巨大化しているのか、順平が縮んでいるのか?
顕微鏡の中にいた。
精子になった。
肉の通路を進んでいく。
母の匂いが強くなる。
少し下半身がこわばってきた。
十年ぶりだ。
完全に勃起した。
二十年ぶりだ。
射精したいと思った時、目が覚めた。
順平は机の上に突っ伏していた。
パソコンは切れている。
コロは微動だにしない。
金魚は泳いでいる。
プルトップの開けられていないビール。
睡眠薬の副作用だろうか。
だが、今日は飲んでいない。
夢だ。
それとも、とうとう認知症が始まったのかも知れない。
母にもう一度会いたい。
抱きしめられたい。
プルトップを開けて飲んだビールはとても冷えていた。
パソコンの画面に文字が流れた。
――母親っていいなあ。私にはいない。
また、前と同じ(おんなじ)だ。
連載小説「Q」第一部をまとめました。