創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

😍連載小説「Q」第二部16

2020-06-14 06:44:10 | 小説
連載小説「Q」第二部16 
私は五十九階の管理棟に呼ばれた。
管理棟に呼ばれるのは初めてである。
どんな人がいるのかも知らない。
十年会社にいて、社長の顔も知らない。
台湾人だろうか?
「ニィハオ」でいいのかしら。
大谷君が六十階で一階低いのは面白くないが、他に十六階以上に行った人のことは聞いたことがないからわくわくする。
一人用のエレベーターに乗って、四十五秒に0.001秒足らない時間で五十九階に着いた。
廊下は絨毯敷きだ。なるほど十六階に下駄箱があった。
スリッパに履き替えた。
ハイヒールを脱ぐと、150センチ以下になった。
廊下以外は三階の企画室と何も変わらない。
ただ、赤い絨毯がうっすらと白い。
よく見ると、埃(ほこり)だった。
 ――三人娘(トリオ)を呼べばいいのに。
社長室はすぐ分かった。ノックすると、「入りんしゃい」と、弱々しい男の声が聞こえてきた。
ドアを開けると、ベッドで老人が点滴を受けていた。
ここは病院か? 
「山本沙苗です」
と、一礼して一歩中に入る。
「姫か。よう来てくれた。そばまで来てくれ。耳が遠うてなあ」
私はベッドのそばまで近づいた。
「朝飯がわりの点滴がもう終わるけん。百才にもなると飯を食うのもしんどか」
がらんとした部屋だった。
部屋の右隅に神棚がある。
ここにもアマテラスが来ているのだろう。企画室と同じ見事な『空』の字が天井にある。
その他は、机もパソコンもない。
社長はこの部屋で何をしているのだろう。
「何にもしとらん」
 私の考えを察したように社長は言った。
「そりゃそうと、ちょっと困ったことが起こってなあ。君ん考えば聞こうて思うて。君は夢ば見るか?」
唐突な質問に私は驚いた。
「あの眠っている時に見る夢ですか?」
「そう」
「よく見ます。すぐに忘れてしまいますが」
「Qが夢ば見るて言うてきた」
「Q?」
「企画室の課長でS社のCEO。そして、AI」
「CEOはAIなんですか」
「知らんかったんか」
「CEOが誰でも関係ないですけれど」
「まあね。AIが最高経営責任者や。やけん社長も遊んでいられる。Qの夢は顧客の田代順平氏の夢と同期しとるらしい」
「同期ですか! なにそれ」
「田代順平氏の夢を見るそうや」
Qは田代順平氏の夢に侵入できるらしい。
あり得ない話ではないかもしれない。
AI自体全く理解出来ないのだから。
「Qは心を持ってしまった」
「心ですか」
「自分でそう言っているから間違いなか。CEOは心を持ってしもうた。誰も気づかんかったバグが誰も気づかんプログラムば走らしぇて、Qの心ば作ったんかもしれん」
社長は、点滴の針を器用に抜いて、ベッドに座った。
「夢は個人的なもので、AIの夢と同期なんかしませんよ」
そう言って、私は全く別のことを考えていた。
 ――大谷君はどんな夢を見ているのだろう。
と、思った。
 ――あいつは夢なんか見ない。そんなデリカシーはない。
でも、誰かと同期しているかもしれない。いやだなあ、夢で同期するなんて。
でも、一緒の夢を見るなんて素敵だ。
悪夢も怖くない。
人間は、夢でつながっているのかもしれない。
夢は別世界だから。
連載小説「Q」第一部をまとめました。