
「もし、予定がなかったら一緒に行って欲しいところがあるのだけれど」
と光一に言われた。
有給休暇を取って出かけることになった。
結婚してから初めてのお出かけだった。
沙苗の心は弾んだ。
二〇二五年七月二二日(火)大暑。
沙苗と光一は橿原市の大和八木駅から乗り換えて二つ目の笠縫駅で降りた。
大暑に相応しい日である。
二人とも汗まみれになって、田代順平氏の家に辿り着いた。
小さな仏壇に順平さんのスナップ写真がある。
笑っているが、はにかんでもいる。
写真の横に本があった。
光一には見覚えがあった。
「枕草子読み語り」である。 ――原文をすらすら読める電子書籍CD――
光一の胸に罪悪感が浮かんだ。
もらった十冊の本は一回も開けずに父親に渡した。
父は困惑していたが何も言わなかった。
光一も説明をしなかった。
不意に涙が一筋光一の頬を伝った。
沙苗は気づいたが、光一君に聞かないでおこうと思った。
お爺さんと光一君の間になにがあったのか。
それは二人の小さな秘密でいいと思った。
奥さんが言いにくそうに「あの……」と言った。
「えっ」と沙苗が身を乗り出すと、奥さんは立ち上がって、押入の襖を開けた。
そこにアイボがいた。
「処理に困ってんの」
力は大丈夫の光一君がいる。
光一の力は見かけ倒しだった。
へたり込んでしまった。
蝉は自分の人生をかけて鳴いている。
令和二年六月一四日(日) 了
やっと辿り着きました。
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