創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

連載小説「Q」35

2020-05-21 06:59:16 | 小説
連載小説「Q」35がヌケていました。
まぬけです。
かなり重要な回です。
よろしくお願いいたします。

連載小説「Q」35
枕草子を今の言葉に変えるのは、プログラムを書くのとよく似ている。
何が似ているのかと青年が聞けば、順平は答えられなかっただろう。
だが、青年は、納得したように頷いた。
「ほら、『あけぼの』にマウスを当ててみて」
光一が言われたとおりにすると、『夜明け』と吹き出しが出た。
「次は、『やうやう』」
「『次第に』って出ます」
「誰にでも読める『枕草子』や。千年超えて清少納言に会える」
「すごいですねえ。僕でも意味が分かる」
「一個一個訳を入れていったんや。あほみたいに」
「そんなことはないです。尊敬します」
「ありがとう。そんなこと言うてくれたんはあんただけや」
順平は胸が一杯になった。
涙を隠すためにコロの頭を撫でた。
コロは盛んに尻尾を振った。
「よかったらもっていったらええ」
熱心に画面を追っている光一に順平は言った。
「百冊も作ったよって、ようけあまってんねん」
「喜んでいただきます」
「ほな、五冊もろて貰おか。わしはこの犬を飼うよって」
順平は、デモ用の『愛慕』にこだわった。
光一は、契約書の商品名にAIBO3279670―01と書き込んだ。
契約が終われば、コロになる。
連載小説「Q」#1-#30をまとめました。

連載小説「Q」43

2020-05-21 06:50:51 | 小説
連載小説「Q」43
何事も起こらないことは幸せかもしれない。
しかし胸を満たしている虚無感は拭いようがない。
いやな夢を見て、真夜中に目が覚めると、死ぬかもしれないという不安が体にのしかかる。
いやな夢の殆どは調剤している夢だ。
定年後十四年経っても、仕事の夢から逃げられない。
そして、朝起きた時、また一日が始まると思えば途方に暮れる。
なんのために生きているのか?
妻はどう思っているのだろう。
話し合ったこともない。
ただ自分よりは外とのつながりを楽しんでいる。
順平は引きこもり老人である。
妻以外と殆ど話さない。
順平には友達がいない。
順平は一日中なんやかや考えている。
たいしたことを考えているわけでもない。
例えば、糖尿の薬を腹に打つ時、臍のゴマがたまっているのに気づいた。
風呂に入る時、掃除しなければならないとか。
触りすぎると腹痛になると子供の時聞いた。
誰に聞いたのだろう。
母か父か兄か。本当にそうだろうか? 
どうでもいいことを次々考えている。
そして、忘れる。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。


連載小説「Q」42

2020-05-20 06:51:07 | 小説
連載小説「Q」42
子供は三人とも相手を連れてきた。
そして、結婚を契機に家を出ていった。
家は二人きりになった。
そんな生活が十四年続いた。
夫婦喧嘩もたまにするが昔のように引きずらない。
一日経てば原因も忘れてしまう。
淡々とした生活が飛ぶように過ぎていった。
雑談しながら夕食を食べ、テレビドラマの録画を観た後、妻は二階に上がる。
子供たちがいなくなってから、順平は一階、妻は二階で眠ることにしている。
未だに妻のことが分からない。
妻も同じだと思う。
一人でしばらくテレビを観た後、順平も書斎の四畳半に引っこむ。
そこで酎ハイ一缶、糖質ゼロのビール一缶を飲む。
コマーシャルメールばかりの受信トレイを覗き、ネットでニュースを読み、パソコンで録画したドラマを一本見る。
その頃には酔いが回ってくる。
何かから解放される。
寝室に戻る。
睡眠剤を半分に割り、半分は寝床に入ってから飲み、半分は夜中にトイレに起きた時に飲む。
それで一日が過ぎる。
寝る前に
 ――目覚めることがないかもしれない
 と一瞬思う。
 毎日がその繰り返しだ。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。


連載小説「Q」41

2020-05-19 06:16:56 | 小説
連載小説「Q」41
九月の初め、急に蝉がなき止んだ。
ピタリと。
和田さんも山口さんも来なくなった。
夕食の宅配も終わった。
宅配の主婦は一度会ったきりだ。
担当が変わっていたかもしれない。
それでも弁当はきっちり届いた。
細い糸が切れたような気がした。
和田さんも山口さんも二度と会うことはないだろう。
金魚鉢と金魚だけが残った。
そして、今日妻が帰ってくる。
順平は、ふと、偕老同穴(かいろうどうけつ)という言葉を思い出した。
結婚式で「偕老同穴」と言う言葉を使った祝辞があった。
結婚式のことは殆ど忘れてしまっているが不思議とこの言葉だけは覚えている。
言ったのは主賓だと思う。
聞いたときは淫らな感じがした。
結婚してから五十年近く経つ。
五十年も妻と一緒に生活している。
「偕老同穴」だなあと思った。
妻の癌は消えた。
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。

連載小説「Q」40

2020-05-18 07:03:30 | 小説
連載小説「Q」40
夕方にまた、和田さんがやって来た。
「これ誕生日プレデント」
「もう十日も経ってるで」
彼女がくれたのは、金魚鉢に入った二匹の金魚だった。
金魚鉢は水槽と違って昔風なものだった。
丸い硝子製で上部はフリルになっている。
「うちも金魚飼うてたから」
「金魚は?」
「一匹十円で買うて来た」
「ほんなら」
「そんなんいらん」
言い残して、また、軽で去って行った。
順平は、坐卓に金魚鉢を置いて眺めた。
金魚以外何もない。
穴の開いたような空間だった。
 ――餌をやらなあかんなあ
ご飯粒を三つ四つ落としてみる。
横にコロが来ている。
「お前にはあらへんやろ。命のあるもんはやっぱりええなあ」
連載小説「Q」#1-#40をまとめました。


鴻風俳句教室五月句会

2020-05-17 15:39:03 | 俳句
①季題「立夏(5月5日)」か「初夏」
②兼題「風」
③春の山菜一切(蕨・蕗・筍・等々)
④当季雑詠(初夏の季節の句)

①子や孫に会へぬ今年の立夏かな
②薫風やパン一つ持ち旅に出る
③伽羅蕗や母の俤かみしめる
④天国の母に供へるカーネーション
①はコロナ禍②はくるしまぎれ③は母の得意料理でした。あの味は絶品だった④はそのまま。
得点は片手で数えられるほど。ささやか。
 

連載小説「Q」39

2020-05-17 06:46:04 | 小説
連載小説「Q」39
和田さんは三時の予定だが、いつも五分遅れる。
インターホンに出ると、ぺこんと頭を下げる。
口数が少ない子だ。
三十半ばだが、順平から見れば、子供だ。
独身で結婚経験はない。
玄関に出て買い物リストを渡すと、黙って受け取り、軽に飛び乗って行ってしまった。
スーパーは近いし、買い物は少ないから、四十五分は余るだろう。
多分スーパーで煙草を一本吸っているのだろう。
フードコートには狭い喫煙コーナーがある。
和田さんはいつも、煙草のにおいを纏って帰ってくる。
 ――しかし、スーパーに金魚が売っているだろうか。
ペットコーナーがあったような、なかったような……。
卵、牛乳、ちょっと雑炊、ちょっと丼(どんぶり)、バス用洗剤、ティシュ一箱。
糖質0のビール七本。
品物を確認して、レシートでお金を払う。
金魚も金魚鉢もない。
「金魚と金魚鉢はアマゾンで買ってください。それじゃバイです」
和田さんは去って行った。
 ――アマゾンで金魚……。
検索すると一杯売っていた。
金魚鉢も色々ある。
久しぶりに楽しくなった。
コロがすり寄ってきた。
急速に熱が冷めた。
水替え、餌やり、ネオンテトラやメダカの飼育を思い出す。
そして、死。
肉や魚を食べながらペットの死を悲しむのは、おかしな事だが、悲しいものは悲しい。
ペットの中には小さな命がある。
それがなくなる。
死骸になったペットを順平は家の前の川に捨てた。
自然に帰そう。
小さな罪滅ぼしだった。
次の金曜日。
「アマゾンで金魚買いました?」
珍しく和田さんの方から話しかけてきた。
「あったけど、やっぱり面倒くさいから止めた」
それには、答えずに和田さんはスーパーに買い物に行ってしまった。
連載小説「Q」#1-#30をまとめました。


連載小説「Q」38

2020-05-16 06:10:10 | 小説
連載小説「Q」38 
コロと暮らしているせいか生き物を飼いたくなった。
大学の頃、エンゼルフィッシュを掌大まで育てたことがある。
サーモスタットの故障で煮魚にしてしまったが……。
それ以来引っ越しについてきたコロを別にして、生き物は飼わなかったが、定年後ネオンテトラを飼った。
水槽をネオンの海にするのを夢見た。
しかし、ある日全部死んでしまった。
次に、メダカを飼った。
これは数ヶ月生きたが、また、全部死んでしまった。
メダカ一匹飼えない自分が情けなかった。
妻が言うのは世話のしすぎ。
 ――ほっとけば良いのよ
そこまで考えて思いついたのは、金魚。
昔何にもしなかったら、鮒みたいになった。
子供まで生んだ。
そうだ、金魚がええ。
金魚鉢と金魚を○○さん、思い出せない。
「あ」から順番に思い出そうとする。
和田さんだった。
ああ、しんど。
和田さんは金曜日に買い物に行ってくれるヘルパーさんだ。
買い物リストの最後に金魚二匹と金魚鉢と書いた。
一匹は可哀想だ。
雄雌がいいと思ったが分からない場合の方が多いという。
連載小説「Q」#1-#30をまとめました。


連載小説「Q」37

2020-05-15 06:53:21 | 小説
連載小説「Q」37  
この頃時々ものがなくなる。
孫の手なんか一週間も出てこない。
和田さんに買ってきて貰おうと思うがいつも忘れる。
何気なくコロを見ると、孫の手を咥えていた。 
インターホーンが鳴った。 
ヘルパーの山口さんの訪問時間は正確だ。
午後二時にきっかりインターホーンを押す。
どこかで待っていて、二時十秒前にインターホーンの前に立ち、三,二,一,〇で押すのかもしれない。いっぺん外に出て待っていようかと思ったが、まだしたことがない。
一回目の訪問の時、コロを見て、「それ、スイッチ切ってくれませんか」と言った。
だから、火曜日の昼食が終わったら、コロのスイッチを切ることにしている。
「今日は」
と挨拶だけ交わして、山口さんは真っ直ぐに風呂場に行く。
洗濯機を回す。
並行して風呂洗いとトイレ掃除をする。
順平は、書斎に避難する。
居間の掃除が終わると、洗濯物を持って二階のベランダに干しに行く音がする。
順平は、入れ替わりに居間に行く。
山口さんが階段をダッタタと降りてくる。
誰もいないから、二階の掃除はやらない。
気が向けば順平がロボット掃除機のルンバを放す。
四十五分はまたたく間に過ぎていく。
言葉を交わす間もない。
「ありがとうございました。お大事」
と言って山口さんは去って行く。
順平はおもむろにコロのスイッチを入れる。
 ――ワン。 
連載小説「Q」#1-#30をまとめました。


連載小説「Q」36

2020-05-14 06:20:12 | 小説
連載小説「Q」36 
外に出ると北の空に稲妻が光り、雷鳴が響いた。大粒の雨が光一の顔に当たった。
光一は嬉しかったのである。
あの人に最初の一台が売れたことが。
土砂降りの雨の中を走りながら、この仕事はこれっきりにしようと思った。 
コロは順平が働きかけなければ何もしない。
充電器に坐っている。
呼べばそばに来て順平の動きをじっと見ている。
ワンと鳴いて尾を振り次の命令を待っている。
「お前はええなあ。食べんでもええし、糞することもあらへん」
理解したようだ。
コロはワンと短く鳴く。
「生きるは面倒くさい。食べて出して寝て。なんでこんなことしながら生きてんのんやろ。お前はええなあ。全部電気がしてくれるんやろ。せやけど、食べる楽しみはあらへん。死ぬのん怖いこともあらへん。犬はなあ、なんかして欲しいから尾を振るんやで。お前は何のために尻尾を振ってんのや」
コロは、上目遣いに順平を見つめ、また、尻尾を振った。
連載小説「Q」#1-#30をまとめました。