散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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ムシの集会/コメントに感謝

2013-09-25 08:56:58 | 日記
2013年9月25日(水)

昨日、めでたく歯に金物が付いた。
「紙一重ですからね、今後あらためて神経処置が必要になる可能性もありますので」
と歯医者さんは厳かに宣告のうえ、残りの時間で歯石を取ってくれた。
深い歯石が随所にあるので、しばらく通うことになるようだ。

接着完了まで20時間、あと3食は左で噛むようにとの指示。
これでまる2週間、概ね左だけで噛んでいる。これに思わぬ余得がある。
口の半分しか使えないから、食べるのに時間がかかる。
もともと早食いの自分が、家族が「ああ美味しかった」と天井向くのを横目に、まだ食べている。
時間がかかれば、自ずと食べる量が減る。
体重が減る。

「ゆっくり食べる」「噛む回数を増やす」はダイエットの常道だが、これまで本気で聞いていなかった。消化に良いし、良いことずくめだ。何だかお腹が頼りないけれど。

夕飯後、鏡の前で大口開けて、しげしげと眺めてみる。
口の中にピカピカ光るものがあるのが、何とも不思議だ。
よく見ようと歯科用の鏡を近づけたら、洗面台の照明が命中してその部分が燦然と輝いた。
NHKの深海ザメ特番で、メガマウスが口の中を輝かせて捕食に活用するんだと主張する学者が出てきたな。きっとあの人も、中年期に入ってムシ歯を治療したに違いない。

妄想が湧いてくる。

夜中にこちらが寝静まった頃、体の中に潜んでいるムシども ~ 腹のムシとか、癇のムシとか、水ムシとか(いないよ!)、疝気のムシとか(いないったら!)、有象無象がみんな出てきて、エントランスホール(つまり口の中)で住民総会か何か始める。居住環境の改善について審議しちゃったりするのだ。

「金キラが付いて、ホールが明るくなって助かった」と癇のムシ。
「こっちはえらい迷惑してる」とムシ歯菌。
「それにしても、最近ここの家主はたるんでないか?」と腹のムシがいらいらした調子。
「ちゃんと仕事してるのか、ヤル気あるのか、ああおさまらない!」と貧乏ゆすり。
「人体は人間だけのものではないぞ、我らが日々、身を粉にして内部環境を維持しているのではないか」これは大腸菌、つまり腸内常在菌叢の代表。(ムシかな?)
「これ以上われわれをムシするなら、ただじゃおかないぞ!」
「お~!!!」

汗かいて目を覚ました。
何だか口が粘って、念入りにうがいしちゃいました。
キラ!

*****

半沢直樹について、勝沼さんに次いで Kokomin さんから。

> 「告白」も「半沢直樹」も復讐を派手な行動化で表現していて、エンターテイメント的には面白いけど…あまり心に残らない。「獅子の時代」も山田太一だったんですね。ちょうど同じ時期に「ふぞろいの林檎たち」というドラマもあり、看護学生が主要な登場人物になっていたのもあり、すごく好きで見ていました。派手な行動化はないけれど、登場人物たちの葛藤や心理描写が丁寧に描かれています。バブル時代だったので、友人からは「暗い」って一蹴されましたが…。

Kokomin さんはここ数年精神分析を勉強なさって、一段と成長されましたね。
力動のツールをしっかり自分のものにしているようで、今回の「行動化」なんかその典型です。

「行動化」は「身体化」と並んで、ココロの問題をココロの外へ放り出す代表的な様式だと思いますが、いま現実の世界では身体化の病理がそこかしこに蔓延、それと対を為すようにラノベ(覚えたての言葉、ライトノベルのことなんだって?)やドラマの世界では派手な行動化が満開全開、どっちみちココロそのものの深まりには逆行するわけです。

勝沼さんから二件。

> 柔道界の問題は柔道とは何かをちゃんと総括していない点にあると思います。都合のいいようにスポーツであることと武道であることを使い分け過ぎている。数年前のブログにも意見を書いています。
http://blog.livedoor.jp/kachii321/archives/51064507.html

数年って6年も前なんですね。面白く拝見し、溜飲を下げました。
なるほど、こっちの肚がすわってないから、単純明快な Judo 路線に押しまくられてしまうわけだ。
「肝心の論点が抜けている」と感じたのは、おおかたこのあたりのことなんでしょう。

> 「妻と飛んだ特攻兵」読みました。かなりグッと来る本でした。電車の中で涙ぐむのはマナー的にありでしょうか?
http://booklog.jp/users/you321/archives/1/4041104823

マナーを押しのけて滲み出てくる涙は、行動化や身体化の正反対を指し示しています。
私は「こんな本がある」と言い投げて放っておき、勝沼さんは実際に読んで涙する。
微にして大なる違いですよね。

 歴史は事実の羅列ではない。無数の個人の人生の積み重ねである。

叡智の言葉、今晩もムシどもに突き上げを食いそうです。
(人体はタンパク質の塊ではない、無数のムシの命と志の集積である ~ 絵が描けるんだったら、金キラのついた大エントランスホールのムシの総会風景を、このあたりに挿入するところ、よろしく御想像ください。)