6時半起床。7時半前に家を出て、京浜東北線と京急線を乗り継ぎ、羽田空港へ。今日から1泊2日で、北海道へ競走馬の牧場を見に行く。
羽田09時30分発のJAL509便に乗り、新千歳へ。連休中ということで、前後の便も含め、新千歳行の便は全て満席になっていた。
新千歳空港(の近く)でレンタカーを借りる。北海道で競走馬の牧場が集まっているのは、札幌や千歳から見ると南東方向、「日高地方」と呼ばれるJR日高本線沿線の海沿いの地域である。ここに、日高や新冠、浦河など、競馬ファンには有名な馬産地が連なっているのだ。新千歳から高速道路で1時間も走れば、道沿いに牧場が見えるようになってくる。
まずは、新冠へ。新冠には、「サラブレッド銀座」と呼ばれる牧場の集合地域がある。この通りを走ると右も左も牧場という状態になる。しかも、その牧場の敷地がとんでもなく広い。
サラブレッド銀座を進む前に、道の駅「サラブレッドロード新冠」で休憩。ハイセイコーの銅像や、この地域で生まれた名馬たちの記念碑が建てられている。三冠馬ナリタブライアンを始め、トウカイテイオー、ビワハヤヒデ、マヤノトップガンといった「超」のつく名馬たちが、ここ新冠で生まれたのだ。また、道の駅の向かいには、株式会社優駿という会社がある。完全に、競馬の街だ。
左右の牧場の様子を眺めながらサラブレッド銀座を走り、「優駿メモリアルパーク」(優駿記念館)へ。ここでは、主にオグリキャップに縁のある展示物を見ることが出来る。また、オグリキャップはもちろん、ナリタブライアンやパシフィカスといった名馬、名牝のお墓もこの敷地内にある。
優駿記念館に入る前に、その隣の放牧地に1頭の馬がいて、数人の競馬ファンが熱心にカメラを向けていることに気が付く。近寄ってみると、なんとその馬はマヤノトップガンだった。1995年の菊花賞に始まり、同年の有馬記念、翌96年の宝塚記念、97年の天皇賞(春)と数多くのGⅠレースを制した歴代最高峰のステイヤー(長距離を得意とする馬)である。私の中では伝説の馬なので、失礼ながらそもそもまだ生きていたことに驚いたし、今目の前にいるということが信じられず、感動で背筋がゾクゾクした。第一印象は、思ったより小さいということ。また、もう22歳のおじいちゃんだからかもしれないが、落ち着いていて優しい雰囲気を醸し出している。毛艶も良いように見えたし、充実した余生を過ごせているようで良かった。
優駿記念館に入ると、オグリキャップ一色だった。数多くの記念品や写真の展示に、ドキュメンタリー映像の放映、数多くのファンからのメッセージを通して、「芦毛の怪物」と呼ばれた彼がいかにすごい馬だったかが伝わってくる。地方競馬(笠松競馬)から中央に乗り込んできたというのもカッコイイし、何より引退レース(1990年の有馬記念)の映像は涙が出るほど感動的だ。また、建物の裏には、ナリタブライアンの記念碑があった。ナリタブライアンに関する細かい説明は後々することになるのでここでは割愛するが、こちらもまた伝説の名馬である。
サラブレッド銀座の途中で車を止め、牧場沿いの道を歩く。まだ子どもの馬たちが、元気に走り回って遊んでいる。私が柵のほうに近寄っていくと彼らも寄ってきて、クンクンと匂いを嗅ごうとする。なんてかわいいんだろう。これまで、私の中でサラブレッドは「かっこいい」という印象だったのだが、今回の牧場訪問でそれが一気に「かわいい」に移った。こんなかわいい様子は、競馬場では決して見られない。
更に車で東へ進み、浦河地区へ。今日の宿泊先は、この地区にある。今回は、「ホースヴィレッジ ペンション 馬の宿」というペンションを選んだ。牧場に囲まれた立地で、部屋の窓の外も牧場。素晴らしい環境である。オーナーさんに部屋を案内して頂き、荷物を置いて、自転車を借りてさっそく周辺の牧場散策へ出かける。
ペンションを出てすぐのところにある牧場で、芦毛の牝馬と出会う。私を見つけると一目散にかけてきて、猛アピール。頭を撫でてあげていると、隙を見ては私の手を噛もうとしてくる。それが出来ないと気付くと、今度は私のパーカーを噛んでハミハミしている。甘えているのだ。このかわいさは、完全に反則である。結局、かなり長い時間じゃれ合っていた。あまりのかわいさに、思わず柵を乗り越えて抱きつきたくなるほどだった。
芦毛ちゃんの反対側の牧場に行ってみると、今度は複数の若駒がのんびりと草を食んでいた。こちらも私を見つけると、寄ってきてくれる。撫でられるのが好きなようで、やめようとすると首を上下して催促してくる。例に漏れず手を噛もうともしてくるので油断は出来ないが、その攻防も楽しい。それにしても、馬の肌やたてがみって、どうしてこんなに気持ち良いのだろう。馬によって若干触り心地が違ったりもするので、それもまた面白い。
このようにして、周辺の牧場を延々と回る。周囲には何もなく、本当に馬しかいないが、馬だけで十分なのである。それだけで、いくらでも時間をつぶせる。
ペンションに戻る前に、我慢できずにもう1度芦毛ちゃんに会いに行く。このかわいさ、たまらない。
オーナーさんに勧められ、夕食の前に、近くにある温泉施設「みついし昆布温泉 蔵三」に行くことにする。ペンションにもお風呂はあるが、普通の家庭用なので、温泉のほうが良いらしい。思ったよりも遠かったが、やっぱり温泉は気持ち良いし、露天風呂から眺める夕日が最高だった。また、ロビーには新聞や雑誌に混ざって普通に生産馬情報誌が置いてあって、これまた普通のおばさんたちが自然と手に取って読んでいた。今更ながら、この町の人々にとってサラブレッドの存在がいかに身近なものであるのかを実感させられた。せっかくなので私も牛乳片手に少し読んでみたが、素人にとってはあまり面白さがわからないものである。
宿に戻り、夕食。この夕食が、驚くほど素晴らしかった。自家製の枝豆に始まり、前菜、昆布のお刺身、秋刀魚、鱈のフォアグラ(肝臓)、海鮮焼と、超豪華。しかも、野菜はほとんどが自家栽培とのことで、炭火で焼いた南瓜は最高。また、鱈の肝臓は本当に濃厚で、「これぞ海の恵み」というありがたみがあった。更に、ここでは自然と他のお客さんやオーナーご夫婦との話が弾み、食べ物だけでなく「食事」を構成する要素の全てを楽しむことが出来た。
オーナーさんが所有している馬。主に大井競馬場で走っている。
鱈のフォアグラ(肝臓)
炭火で焼くと、頭も骨も美味しく食べられる。
結局、夕食に3時間近くを費やし、9時半過ぎに部屋へ戻る。ここのオーナーは、かつてビワハヤヒデやナリタブライアンの育成をされていた方なので、宿泊棟の入口には記念の蹄鉄やジャンバーが飾られている。どちらも超のつくほどの名馬だが、特にナリタブライアンは競馬を知らない人でも名前くらいは聞いたことがあるだろう。1994年のクラシック(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)三冠馬であり、その前の朝日杯、その後の有馬記念とGⅠ5連勝を果たした馬である。その後は怪我等にも苦しめられたが、96年の阪神大賞典で先に写真を載せたマヤノトップガンとの激闘を制したことで感動を呼んだりもした。引退後すぐに病気(最終的には安楽死)で亡くなってしまったため産駒が少なく、今ではその名前や血統を見ることはないのが残念でならない。そして今、当時はまったく競馬に関心のなかった私が、そんな歴史的名馬を育てた方のペンションにいる。何とも不思議な感じがする。
夜になると外は真っ暗だが、窓を開けていると遠くから馬の鳴き声が聞こえてくる。それを子守唄代わりにして、日付が変わる前には就寝。