日々の覚書

MFCオーナーのブログ

サザンの日に茅ヶ崎でいとしのエリーズを見た

2013年06月29日 20時52分23秒 | あれこれレポート

唐突だが、6月25日は何の日か、皆さんご存知だろうか? はい? 給料日? 確かに、毎月25日は給料日という会社多いし、うちの会社もそうだし、6月25日にも給料出たけど、そういう日ではない。ま、6月25日なんて、やや地味目な感もあるので、正直何の日と聞かれてもピンとこないという人が大半と思う。

で、結局、6月25日は何の日かというと、実は“サザンの日”なのだそうな(爆) 今を去る事35年前、サザン・オールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビューしたのが6月25日だったので、ファンの間ではこの日を記念日と定め、イベントを開催したりしてるらしい。実際、今年は、その“サザンの日”目前の23日の日曜日に、“希望の襷”というイベントが開催された。なんと、ファンが沢山集まって、東京の青山から茅ヶ崎海岸まで襷リレーをする、という箱根駅伝並の壮大な企画である。マスコミに大きく取り上げられる事はなかったようだし(僕も知らなかった)、決して世間の注目を集めていた訳だはないようだけど、ファンの間では盛り上がっていたらしい。文字通り全国からファンが集結してリレーに参加したそうな。

ま、この“希望の襷”は、サザンのデビュー35周年を祝う企画だったようだが、当の本家が6月25日にいきなり5年間の沈黙を破って復活宣言をし、新曲と夏のツアー日程を発表したりしたもんだがら、今年の6月25日は、ファンにとっては忘れられない6月25日になってしまったという訳だ。サザン復活プロジェクトは極秘裏に進められ、関係者には厳重に箝口令が敷かれていたらしいが、当日は渋谷で号外を配ったりなんかして、異様な盛り上がりとなった。ちなみに、この日発表された夏のツアーには、14年振りとなる茅ヶ崎球場でのコンサートも含まれている。スタジアムツアーですから(爆) 今年の夏の茅ヶ崎は熱く盛り上がりそうである。海開きは例年より遅いけど(笑)

と、そんな“サザンの日”に、あのサザンのコピバンとして有名ないとしのエリーズが、なんと茅ヶ崎でライブを行ったのであ。といっても、前述の“希望の襷”の日にも、市内のサザン通り商店街でライブやってたんだけどね。我々は行けなかったけど。

という訳で、“サザンの日”にいとしのエリーズを見てきたのである。場所はよく顔を出しているBOTCHY BOTCHY。普段は椅子、テーブルが用意された、ゆったりとライブが見れる店であるが、さすがにこの日は相当な集客があると見たのか(笑)、椅子もテーブルも撤去され、オールスタンディング状態。にもかかわらず、我々が店にたどり着いた時には既に満員。さすがエリーズ。BOTCHY BOTCHYにとっても、店始まって以来の動員数ではなかったかと(笑)

我々が店の前で生ビールを買って満員の店内に入ると、既にエリーズはステージにスタンバイしていた。今回は、ベースとドラムが来れず、アコースティック・ライブになるという話は聞いてて、ま、ちょっと残念だったけど、「C調言葉に御用心」から始まったライブ、なかなかの盛り上がりだった。「チャコの海岸物語」「茅ヶ崎に背を向けて」「女流詩人の哀歌」等々、ややローカル色の濃い(笑)選曲もナイスで、観客もひたすらヒートアップしていたのだった。さすがエリーズである。この日、実は30~40分のステージを3回こなしたそうだが、きっと全て違うセットリストで盛り上げたのだろうな。我々は最初のセットしか見てなかったけど。25日の朝発表されたばかりの本家サザンの新曲「ピースとハイライト」を、さわりだけとはいえ、既に披露したのにも驚かされた。素晴らしい。コピバンの鑑である。

短かいし、フルメンバーではないし、ダンサーもいないし(笑)と、やや物足りなかったような気がするものの、やはりエリーズは凄い。次は新橋こいち祭りに出演するらしいので、なんとか見に行きたいものだ。

所で、6月25日だけど、実はどんな日だったのか、調べてみた。

6月25日とは、

江戸幕府がオランダ人を出島に移住させ、バージニアがアメリカ10番目の洲となり、リトルビッグホーンの戦いでカスター将軍の騎兵隊が全滅し、築地本願寺が竣工し、『アンネの日記』が出版され、朝鮮戦争が勃発し、天覧試合となった後楽園の巨人-阪神戦で長嶋茂雄がサヨナラホームランを打ち、『アワ・ワールド』が放送され、モザンビークがポルトガルから独立し、雪印集団食中毒事件が発生し、獅子てんや、カーリー・サイモン、イアン・マクドナルド、沢田研二、ジョージ・マイケル、松浦亜弥らが生まれた日

そして4年前にマイケル・ジャクソンが亡くなった日でもある。

こうして見ると、そんなに地味でもない(笑) 6月25日恐るべし(爆)

コメント (4)
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つゆのあとさき

2013年06月01日 22時31分52秒 | 時事・社会ネタ

なんと、もう梅雨入りしてしまったのである。5月27日頃に四国で梅雨入りと聞いてから、あっという間に関東地方も梅雨入りしてしまった。ちょっと早くないか? やはり異常気象なのだろうか?

で、この早過ぎる梅雨入りに関して、「5月に梅雨入りした年の夏は荒れる」なんて話を聞いたもんだから、余計に不安がつのるのである(笑) で、過去に、5月に梅雨入りした年について、ちょっと調べてみた。

すると、意外な事が分かった。つーか、僕が知らないだけで、皆は知ってたのかもしれないが(爆)

統計が開始されたのは1951年からだそうだが、気象庁が梅雨入り・梅雨明けの情報提供を始めたのは1955年頃のことで、主に報道機関に知らされていたらしい。一般にも気象情報として知らされるようになったのは、なんと1986年のことだそうな。意外と最近なのである。子供の頃から、梅雨入り宣言とか聞いてたように思ってたけど、実はそうではなかったのだ。

で、その統計開始以来、5月に梅雨入り宣言が出されたのは今年が6回目である。しかも、驚くべきことに、その6回のうち5回までもが平成になってからであり、昭和の時代には1回だけ(1963年=昭和38年5月6日。かなり早い)なのだそうな。ちなみに、平成の5回とは、

1991年(平成3年5月31日)
1993年(平成5年5月30日)
2008年(平成20年5月29日)
2011年(平成23年5月27日)
2013年(平成25年5月29日)

なんと、この5年間で、3回も5月に梅雨入りしてたのである。全く気づかなかった(爆) 皆さん、気づいてました?(爆爆)

で、気になる「5月に梅雨入りした年の夏は荒れる」という説についてだが、僕が調べた限り、過去6回とも、荒れた夏になったという記録は見つけられなかった(笑) 思い起こせば確かに、1993年は冷夏で、米が不作で平成米騒動なんてのが起きてたし、2011年の夏は記録的猛暑だった(ここ2~3年、毎年記録的猛暑のような気もするが)。けど、荒れた夏、というのとは違うような。夏ではないが、2011年はあの東日本大震災が起きた年でもあるし、1993年にもマグニチュード6以上の地震が3回起きているし、2008年には日本ではないが、四川大地震なんてのもあった。なので、天変地異が訪れる年なのか?とも思ったけど、特に何も起きてない年もある。テロなど世間を騒がす大事件というのは起こってるけど、特にこの6回に共通するものはない。プロ野球日本シリーズの結果も、セ2勝パ3勝でほとんど五分。ま、要するに、「5月に梅雨入りした年の夏は荒れる」という説には、特に根拠はないようである。

う~む、これで安心してていいのだろうか。なんとなく不安だったりして(笑)

話変わるが、レコードコレクター誌の最新号の特集は、あのポール・マッカートニー&ウィングスの『ウィングス・オーバー・アメリカ』である。「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」プロジェクトの一環として再発された訳だ。1976年に行われたポール&ウィングスのアメリカ・ツアーの模様を収録したライブ盤で、LPでは3枚組で発売された。当時のウィングスは正に絶頂期であり、3枚組というボリュームも手伝って、かなり話題になったと記憶している。ウィングスはビートルズを超えた、なんて言ってる人もいたなぁ。ま、確かに、この頃のウィングスはとにかく凄かった。

僕はというと、ウィングスは好きだったけど、このライブ盤については、正直言うと、あまり関心がなかった。FMで何曲か聴いたのだが、レコードとあまり変わらないような気がして、興味が持てなかったのだ。ライブならではの、良い意味での荒っぽさに欠けるような気がしていたのだね。“モノ”というか“ブツ”としての魅力は感じたけど。何せ、3枚組だし。あの頃は、2枚組或いは3枚組のLPというのは、出す方も買う方も、かなりのステイタスだったように思う。

とはいえ、終盤、特にラストの「ハイ・ハイ・ハイ」「ソイリー」の盛り上がりは凄いと感じた。この2曲は、確かテープにエアチェック(死語。笑)して聴いてたはず。

また、それほどマニアックな話ではないと思うが(笑)、このライブ盤に収録されている「メイビー・アイム・アメイズド」がシングルカットされた際、「ハートのささやき」という邦題がついた。「恋することのもどかしさ」という、既に立派な邦題があったにもかかわらず(笑) 同じアーティストの同じ曲に違う邦題がつく、というのはあまり例を見ない事と思うので、この曲の日本盤シングルはかなり“レア”だと思う。持ってても売っちゃダメですよ(笑)

ただ、この「ハートのささやき」(笑)、僕は実はこのライブ盤で初めて聴いた。良い曲だなぁ、と思ってた。もちろん、邦題の話は後になって知ったのである(笑)

と、個人的には『ウィングス・オーバー・アメリカ』に特に思い入れはないのだが、あの頃(1977年前半)を思い起こさせるアイテムとしてはダントツかもしれない。ピンク・フロイドの『アニマルズ』とどっちかな?(笑) と、それはともかく、この時、時代はウィングスと共にあった。何度も言ってるけど、この頃のウィングスって、本当に凄かった。毎日のようにFMでかかってたし。そんな絶頂期の、ポール・マッカートニーが追求し続けた“バンド”ウィングスが、丸ごとパッケージされたのが、この3枚組ライブであり、あの頃輝いていたウィングスは、今も色褪せないのである。僕の“青春”はとっくに色褪せてしまったけど(爆)

それにしても、『ウィングス・オーバー・アメリカ』から36年、相変わらずあちこちツアーして回っているポール・マッカートニーには、ほんと頭が下がる。クラプトンの時にも同じ事書いたけど(笑)、とにかく、いつまでも、ステージに立ち続けて欲しいものだ。

あ、で、次の「ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション」は『ロンドン・タウン』希望です(笑)

コメント (2)
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