今更だが、シンガー・ソングライターとは、いわゆる“自作自演歌手”を指す言葉である。つまり、自分で曲を作って歌う人、の事であり、代表的なミュージシャンとして名前が挙がってくるのは、洋楽ならジェームス・テイラー、キャロル・キング、カーリー・サイモンなど、日本なら吉田拓郎、井上陽水、さだまさし、といった所で、ま、多少の異論はあると思うが、シンガー・ソングライターとはそんなものである(は?)
しかし、事はそう単純ではない。“シンガー・ソングライター”という言葉は、とても複雑な背景を抱えている。例えば、それが“自作自演歌手”を指すのであれば、ポール・マッカートニーも十分該当するが、彼が“シンガー・ソングライター”と呼ばれる事はまずない。日本の場合でも、竜鉄也や吉幾三を“シンガー・ソングライター”とは呼ばない。これは何故かというと、“シンガー・ソングライター”が「職業」ではなく「音楽のジャンル」を指しているからだ。
そうなのである。洋の東西を問わず、“シンガー・ソングライター”と言ったら、ギターかピアノの弾き語りで、内省的或いは非常にパーソナルな内容の曲を作って歌う人、という事になり、同時に、そういう人たちが作り出す音楽、すなわち、アコースティックでパーソナルな雰囲気の音楽の事になるのである。“シンガー・ソングライター”とはジャンルなのだ。何故か、昔からそう。前述の、ポール・マッカートニーをシンガー・ソングライターと呼ばないのは、あまりにもビッグな存在すぎてジャンル分けが無意味、というのもあるが、要は音楽性や演奏スタイルが違うからだ。というか、ロック系は自作自演が当たり前なので、実はシンガー・ソングライターだらけなんである。でも、そう呼ばれる事はない。スタイルが違うからだ。竜鉄也や吉幾三をシンガー・ソングライターと呼ばないのも、理由は同じ。ジャンルが全く違うのだ。仮に弾き語りをするとしても、音楽的にはフォーク系(orウェスト・コースト系orカントリー系)でなければならない。ポール・マッカートニーも吉幾三も、これには該当しない。だから、シンガー・ソングライターではない。
最近は、多少違ってきた。特に日本では、いわゆるフォーク系ではない自作自演歌手でも、“シンガー・ソングライター”と呼ばれるようになってきた。というか、近頃の歌手は、自己紹介の際、「シンガー・ソングライターの○○です」と名乗る人が多いような。昔は違ったような気がする。さだまさしが自らを「シンガー・ソングライターです」と言ってるのを聞いた記憶がない。意識の違いだろうか(意味不明)
また、↑の条件、つまり弾き語りとか内省的な歌詞とかの条件を満たしていても、シンガー・ソングライターと呼ばれないケースもあって、自作でも、作詞しかしない人はシンガー・ソングライターとは呼ばないらしい。作詞作曲の両方或いは作曲だけの人は、シンガー・ソングライターと認められる。それでいうと、宇多田ヒカルはシンガー・ソングライターだが、浜崎あゆみはシンガー・ソングライターではない、という事になるね。もっとも、二人とも弾き語り歌手ではないという点で、シンガー・ソングライターではない、とも言える。めんどくさい(爆)
山下達郎は『Teasures』というベスト盤の解説で、ムーン・レーペル移籍前(『For You』「甘く危険な香り」あたりまで)の自分はプロデューサー的発想で音楽を作っていたが、移籍後(『Melodies』以降)はシンガー・ソングライター的なアプローチを志向するようになった、と述べている。シンガー・ソングライターと、そうでない人とを区別する場合、この発言は非常に分かりやすい。ムーン移籍前と後では、山下達郎の音楽は、確かにガラリと変わっている。ファンならよくご存知と思うけど。
何故、こんなにややこしい事になってしまったのか。↑のレコード・コレクターズの特集でも(十年前だけど^^;)、“シンガー・ソングライター名鑑”で紹介されている人は、ほとんどが70年代前半にデビュー或いは活躍したアメリカの人で、一応、ブルース・スプリングスティーンやトッド・ラングレンも含まれているので、必ずしもフォーク系やウェスト・コースト系ばかりでもない。でも、ビリー・ジョエルはいない。イギリス人もいない。
当時の事は知らないが、シンプルなサウンドで内省的な歌を歌う人が出てきて、彼らは明らかに、それまでとは違う音楽の潮流をもたらしたのだろう。それで“シンガー・ソングライター”というジャンルで認識されるようになったに違いない。ま、そこいらの事情はなんとなく理解出来るが、そういう新しいジャンルを指す言葉が生まれると、次第に最初の精神はどこへやら、言葉やイメージばかりが先行してスタイルの模倣に走るようになり、徐々にそのジャンルが形骸化していく、というのは“シンガー・ソングライター”に限った話ではない。80年代以降に登場したシンガー・ソングライターたちは、明らかに“シンガー・ソングライター”とは違う括りで認識されている。
という訳で、シンガー・ソングライターとは職業ではなく、音楽のジャンルのひとつなのである、という視点で、手持ちの音源からお馴染み(^^;)のコンピを作ってみた。こんな感じ。
1. Chuck E's In Love/Rickie Lee Jones
2. Simon Smith And The Amazing Dancing Bear/Randy Newman
3. Just You And I/Melissa Manchester
4. Backs Turned Looking Down The Path/Warren Zevon
5. Hope You Feel Good/Andrew Gold
6. Me And Julio Down By The Schoolyard/Paul Simon
7. Jesus Was A Cross Maker/Judee Sill
8. Fountain Of Sorrow/Jackson Browne
9. Sweet Seasons/Carole King
10. That's When The Music Takes Me/Neil Sedaka
11. Will You Dance?/Janis Ian
12. Alone Again (Naturally)/Gilbert O'Sullivan
13. Free Man In Paris/Joni Mitchell
14. She's Always A Woman/Billy Joel
15. On The Border/Al Stewart
16. Can I Put You On/Elton John
17. Life Goes On/Paul Williams
18. Tangled Up In Blue/Bob Dylan
19. Trouble Again/Karla Bonoff
20. Stoney End/Laura Nyro
↑のレココレでは、取り上げられてない人も結構いる。エルトンもそうだし、ギルバート・オサリバンやアル・スチュワートなど、イギリス人はレココレでは除外されている。ま、でも、音楽的には近いんじゃないかな。僕的に、前述の“シンガー・ソングライター”の基準を満たしている人(と曲)をセレクトしたつもり。全体的に、ゆったりとしたテンポと柔らかなサウンドの曲が多くなって、なかなか良い感じと思う(自画自賛。笑)
という訳で、自作自演でも“シンガー・ソングライター”ではない人は大勢いるので、気をつけましょう。デビッド・ボウイもジミヘンも“シンガー・ソングライター”ではありません。自作自演のイメージが薄いロッド・スチュワートやエリック・クラプトンも同様です。ニール・ヤングは、時に“シンガー・ソングライター”に分類されるので要注意(笑)