日々の覚書

MFCオーナーのブログ

Jun Greenを悼む

2019年06月30日 19時26分58秒 | 与太話
既にご存知の人はご存知と思うが、僕が大阪にいた頃の知り合いであり、MFCや当ブログにも度々登場していたのでお馴染みのJun Green氏が、6月10日亡くなった。僕より確かひとつ下なので、享年55才。早過ぎる。訃報を聞いてから既に半月が経過しているが、未だに信じられない心境だ。そう、なんというか、悲しいというより信じられない、という感情。でも、嘘ではないのだろう。謹んでご冥福をお祈り致します。

実は、Jun Green氏が亡くなる3週間程前に、僕は電話で彼と話している。登録してない番号で携帯に着信があり、出てみたらJun Green氏だった。開口一番、そろそろお迎えが来そうなんで、知り合いに片端から電話してる、なんて言うものだから、最初はまた始まった、なんて思いながら話を聞いていた。ここ数年闘病してたけど、主治医からも余命宣告もされたし、金を残しておいても仕方ないから、派手に数日間にわたる生前葬セッションを計画しているので、時間作って参加してくれ、などと言うので、本当に悪い冗談だなぁ、相変わらずだな、なんて思ったけど、しばらく聞いてると、どうも悪い冗談ではない、というのが伝わってきた。マジなのか。本当に危ないのか。半信半疑だったけど、とにかく生前葬セッションには参加するから、と約束して電話を切った。それから、共通の知り合いの何人かに確認してみると、本当に危ないらしい。これはヤバい、一度見舞いに行かなくては、と思いつつ、なんやかんやで時間が取れずにいたら訃報である。今でも、悪い冗談としか思えない。いや、悪い冗談であって欲しかった。

Jun Green氏とは、2002年頃、どこで知ったのか、MFCの掲示板に彼が書き込みした事から、付き合いが始まった。京都のRAGで、彼が企画していたクイーン・トリビュート・イベントの事を教えて貰い、見に行った時が初対面。その後も、イベントやセッションに出演させて貰ったり、ブッキング・ライブにうちのバンドを紹介してくれたり、と実は色々と世話になっているのである。彼のおかげで、知り合いも活動の場も増えたのは間違いない。ライブもよく見に来てくれたし、本当に世話になった。もう感謝しかない。大阪から横浜に転勤になってからは、顔を合わす事も少なくなり、最後に会ったのは、3年前の蕨のHONEYFLASHでのクイーン・セッションだった。そう言えば、先の、亡くなる前にかかってきた電話でも、3年前のハニフラ以来だな、なんて話もしたっけな。ほんと、世話になりっ放しだった。世話になりっ放しのままで、こんな事になってしまったのが、今となっては悔やまれる。正直、彼が死んでしまうなんて、これっぽっちも想像しなかった。

Jun Green氏とは、それなりに長い付き合いだったにもかかわらず、意外と写真がない。もちろん、ツーショット写真も見当たらなかった。MFCで探したら、こんなのが出てきたけど。



2004年の、京都RAGのクイーン・トリビュート・イベントでの写真である。

ま、この度の訃報を受けて、Jun Green氏に関しては、思い出す事もたくさんあるのだが、最後の電話の雰囲気もそうだったけど、笑って楽しく最後を迎えよう、という感じだったし、あまりしんみりとするのは、故人の望むところではないのかも。

安らかにお眠り下さい。僕はあなたを決して忘れません。
コメント (6)
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