「あの人本当に医者を呼びに行ったのかしら。」
目を開けて身じろぎ一つしない蛍さんに父は独り言のように話し掛けて来ました。
「あんな人の言う事が信用できると思う?」
自分に問いかけているように蛍さんに話し掛けて来ます。
「あんな人って?」
蛍さんが目を上に向けたまま聞き返しました。
あんな人はあんな人だよ、そう父は独り言のように繰り返していましたが、その内ハッとして、
「蛍、お前生きているのか?まだ息があるのかい?」
と、真顔で彼女の顔を覗き込んで来ました。
「お父さんたら、縁起でもない。」
まるで私が死んだみたいなこと言って、と、蛍さんは呆れて父に問い返すのでした。
「あんな人って、伯母さんのこと?」
勿論そうだと父が言うので、蛍さんは伯母さんの事を気の毒に思いました。
「如何してお父さん、伯母さんの事を悪く言うの。伯母さん何時も親切で優しいのに。」
今日だってこうやってわざわざ私の看病に来てくれて、さっきも上の伯父さんの伯母さんと一緒に2人で水枕を替えてくれたんだよ。
お母さんなんて全然顔も出さないじゃない。伯母さん2人ですごく親切にしてくれて優しかったんだから。お母さんに比べたら、全然違うわ。
2人ともとても良い伯母さん達じゃないの。お父さん、そんな伯母さんに怒鳴ったりして、それこそ罰が当たるというものよ。
そう蛍さんが父に説経をすると、父は呆れて、蛍さんから顔を背けると、あれが親切というものなのかなぁ。
彼は娘の意見にさも反対するように疑わし気に嘆息すると、
「お前、自分が何をされたか知らないからそんな事う言うんだ。」
さも不満げに父は蛍さんに語り掛けるのでした。そして彼は1人でぶつぶつと何やら愚痴っていましたが、
「それに、以前も…」
父はそこで言葉を切ると、何事かを思い出したようでした。その事について何か気付いたように視線を宙へと浮かせました。
父は何かしら過去の事を考えているようでした。そしてぽつりと、
「前にも、お前に手を出した事があるんだ。あいつ。」
あの時はよく見ていなかったから気が付かなかった、今回ははっきりこの目で確認したから、騙されないぞ。
もうあんな奴信じないからな。父さんにもあれにもよく言っておかないと。そんな事を父は呟くのでした。
そして何事か決心したようにきゅっと口を一文字に結ぶと、じーっと蛍さんの顔を見詰めるのでした。