次の日の朝、蛍さんが目を覚ますと、父はもう起きていて、ほっとした様子で蛍さんの顔を覗き込んでいました。
娘が目を覚ますのを待ちかねていたようです。蛍さんが目を開けると、
「やぁ、おはよう。」
と声をかけました。にこにこして嬉しそうでした。
蛍さんはいつも通りの視界にほっとしました。
また昨日のように慣れない世界が目に映るのではないかと思い、不安に思いながらそっと目を開けたのです。
「お父さん。良かった。」
親子で共にほっとすると、笑顔でお互いを見つめ合うのでした。
蛍さんのたん瘤の腫れがあまりに酷かったので、昨晩お医者様がたん瘤を少し切って中身を出してくれたのでした。
おかげで両目の視界が利いて物は平常通りに見えるのでした。その代り、蛍さんの額から頭にかけて包帯がぐるぐる巻きに巻かれています。
見た目如何にも重体の患者然としています。これがたん瘤だけの怪我の患者だとは、知らない物にはとても思えない様相です。
「お腹がすいたかい?朝ご飯を食べるかい?」
父がこう聞くと、蛍さんは自分が空腹な事に気付きました。
それで食事の準備をしてもらう事にして、父は朝の食事を頼みに病室を出て行きました。
ダダダダダ…、父が病室から消えて、少しして駆け足の足音が響いて来たと思ったら、蛍さんの病室の入り口に叔父が現れました。
「ホーちゃん、大丈夫か?」
その声に蛍さんが声の主を見ると、その顔は母の弟にあたる叔父なのでした。
「あっ、お兄ちゃん。」
母の弟はかなり歳が離れていてまだ学生でしたから、蛍さんは何時も叔父さんではなくお兄ちゃんと呼んでいました。
如何したのかと聞く蛍さんに、叔父は変わった表情でしばらく無言でした。
目が酷く吊り上がって、鼻に丸く皺などよせて、口の端は上がっています。蛍さんは初めてみる叔父のこのような表情に、
如何したんだろうと不思議に思い、その顔をじーっと見詰めていました。
「お兄ちゃん、如何したの?」
余りに沈黙が長いので、蛍さんは怪訝な顔をして叔父の顔を見詰めながら話しかけました。
すると叔父はその不思議な表情のまま彼女の傍に歩み寄って来ましたが、一旦彼女から顔を背けて戸口を振り返り、
また元通りこちらに顔を向けると、
「やあ、ホーちゃん、元気そうだな。」
思ったより元気そうで良かったよと力のない声で言うと。
後はまた目を吊り上げて口の端などひくひくと震わせ、後に続く言葉がありませんでした。