お医者様は廊下を走る蛍さんの父の騒動に、何事かと蛍さんの病室に駆けつけたのでした。
そして、蛍さんの病室出口直ぐの廊下で、激怒する父とそれに対する伯母の答弁を具に聞いてしまったのでした。
そこで、伯母が病室から出て来た出会い頭に、廊下で医師と彼女は鉢合わせする事になりました。
医師はきつい顔をしていました。伯母も医師に対して酷く体裁が悪く、きゅっとしかめっ面をしてしまいました。
そんな彼女に、医師はもう引き取ってくださいと告げたのでした。
「私が病院を管理している時に、この様な非人道的な事が行われるなんて、私から警察に言っておきます。」
そうお医者様が怖い顔で言うと、伯母は青ざめて逃げるように病院から姿を消してしまったのでした。
お医者様にしても、蛍さんはてっきり伯母の1撃で息を引き取ったのだと思っていました。
蛍さんの伯母が去った後、彼がそっと病室を覗くと、
蛍さんは目を開けた儘、身じろぎもせずに寝台の上で仰向けに横たわっていました。
その彼女に父がぼんやりと話しかけています。医師は父が気の毒で、暫くは声をかけられずに入り口付近で姿を隠していました。
彼は頃合いを見て、蛍さんの父が落ち着いた頃に病室に姿を現したのですが、それでも如何父を励ましたものかと思うと、直ぐには彼に近付けないでいました。
それが、蛍さんに意識があるという事で、医師は彼女の傍により、診察をして額のたん瘤を確認すると、ほっとして安堵の溜息を吐くという次第になったのでした。
「もうこれで一安心です。後は患部を冷やしてゆっくり休ませてあげてください。」
そう医師は言うと、父と蛍さんを残し、にこやかに足取りも軽く病室を出て行きました。
この頃には蛍さんの祖父も病室の入り口に姿を見せていましたので、彼はすれ違いざまに祖父に
「もう大丈夫ですよ、命に別状はありませんからね。幾らお孫さんと言っても、親戚筋を使って早めに手を下してよいという事はありませんよ。それは法に触れる事ですからね。」
ややきつい目をして祖父を睨むと、こう彼を諫めて凛とした態度でその場から立ち去るのでした。
彼にはまだこれから、看護婦さん達に指示を出すという仕事が待っていました。
入口に佇んだ蛍さんの祖父は、後悔の念をその土気色の顔に浮かべていました。
そんな蛍さんの祖父と父は、暫く言葉もなく同じ部屋に身動きも出来ずにいました。最初に口火を切ったのは祖父でした。
「ホーちゃん大丈夫なんだって。」
ああと頷く蛍さんの父に、良かったなと祖父が言葉少なく言うと、
「全然良くないよ、蛍の事は良かったけどね。」
父は矛盾したような言葉を発しました。どういうことかと尋ねる祖父に、蛍さんの父は言いました。
「何で親がいるのに、その親に一言の相談も無しにその親の子を…」
そこまで言って、父は感極まったのか、うっと、嗚咽すると、涙をボロボロ流して男泣きに泣いてしまうのでした。