「明日の朝までは持たないと言う話で…。」
そう父の震え声が聞こえ、父の言葉は此処で途切れたようでした。
「まぁ、そんな酷い事になって。向こうさんは如何いうつもりなんです。」
未だ謝りにも来てないんでしょう。ホーちゃんがこんなになってから大分経つんじゃないの。向こうの気が知れないわ。
伯母の声がします。
「家にも子供がいるから、同じ寺でしょう、気が気じゃないわねそんな子がいるなんて、あの子達も家でホーちゃんの事を心配してましたよ。」
伯母はここ迄言うと、優しそうに父に向かってにっこり微笑むのでした。
「まだ、向こうには何も知らせてないんです、義姉(ねえ)さん。」
父の言葉に、えっ!と驚く伯母の声がしたので、蛍さんは目を開けてみました。父と次兄の伯母が病室の入り口の方で並んで話をしています。
「私だったら、相手先の家に怒鳴り込んでますよ。大体、あの子の母親の方は如何してるの、まだ病院にも来ていないなんて。」
「もしかしたら先方に苦情を言いに行っているの?それなら今こに居ないのも頷けますね。」
「いや、義姉さん、あれは向こうさんの住所を知らないから、先ず向こうに行ったとは思えないんです。」
蛍さんの父は言いました。
そうです。蛍さんの母は病院にも家にも居なくて、この時、何処へ行ったのか行方不明になっているのでした。
「タクシーの運転手さんに問い合わせたら、大分前に確かにこの病院の前で降ろしたというんだ。
だからちゃんと病院の前までは来ているんだが、その先が何処へ行ったか不明で分からない。迷子になったんだろうか。」
父は心配そうに義姉に相談するのでした。
「迷子と言ったって、この病院の前で降りて、大きな建物は目の前にあるこの病院だけしかないじゃないですか。」
後は普通の家ばかり、私達だってここには来た事が無いけれど、すぐにここが目当ての病院だと分かって入りましたよ。
一体、何処で如何迷うというんです。
伯母は絶対そんな事ありっこないと言わんばかりに、わなわなと怒りで身を震わせると、行方の知れない蛍さんの母を詰るのでした。
「大体、自分の子をほっぽって、自分は何処かに消えてしまい、その間、人様に面倒を見てもらおうだなんて、
あの人は何時もそうですよ。」
私にだって子供がいるんですから、行き成りこんな所に呼び出されても、酷く傍迷惑というものです。
折角の盆休みがとんだ事になりました。こっちは墓参りから帰ってやれやれと思っていたら、急に電話が掛かって来て、
またここ迄とんぼ返りだなんて、義姉さんもいい迷惑だと言っていましたからね。
父に対して、文句たらたらになる兄嫁なのでした。
「まぁまぁ」
そこへ長兄の兄嫁が入って来ました。
「父親という者は大変なのよ。子供だけでなく母親の面倒も見るんですから。」
そう義弟(おとうと)の事を義妹(いもうと)に取り成すと、蛍さんの父に祖父が呼んでいたと告げるのでした。
「父さんが?何の用だろう。」
蛍さんの父は義姉(あね)達に蛍さんの事を頼むと、蛍さんの祖父を探して廊下に出て行くのでした。