「お前親なのに、どうしてそれだけ自分の子供の事が分からないんだい。」
この子の声も聞こえないなんて呆れるね。そう祖父は父を詰ると、内心の怒りを抑えるようにきつい顔をして黙りこむのでした。
「兎に角間に合ってよかった、早速家に電話して来るよ。祖母さん達が心配しているだろう。」
そう言うと、祖父は孫の顔を覗き込み、ややほほえみを浮かべ、満足気に足取り軽く診察室から出て行きました。
残った父は、目の前の寝台で横たわる娘を見やりながら、診療室の椅子に座ってカルテに何やら書き込んでいる、
この医院のお医者様に向かって話しかけました。
「如何なんでしょうか?後遺症でも残りそうですか。」
先程のタクシーの中での、どっしりとして確りした口調は何処へいったのでしょう。彼は蚊の鳴くようなか細い震え声でお医者様に尋ねるのでした。
「多分大丈夫でしょう。酸欠状態は確かにあったようですが、その前に気絶されていたようです。」
それが功を奏したというか、気絶していたおかげで、そう酸素が無くても助かったようです。脳の損傷もまず無いと思います。
そうお医者様は笑顔で言うと、
「でも、念の為、大きな病院で見てもらった方がよいでしょう。紹介状を書いておきますから。休み明けに行ってください。」
と、また机に向かい、書類に書き込みを始めるのでした。
「運が良いですよ、処置するのも早かったですから、酸素吸入器があるのはこの辺りではここぐらいでしたしね、
タクシーの運転手さんや、お祖父様の判断にも感謝されるとよいですよ。」
そうお医者様がちらりと父の顔を見て言うと、流石に父もバツが悪くなったのでしょう。
「いや、皆いつも私の事を悪く言うんです。」
「私はまだ新米パパなんですよ、その点を考慮してもらわなくては。」
そう父は言って、反発するようにムッとした表情を浮かべるのでした。そんな父の言葉や態度に、
お医者様は何も返事を返してこないのでした。すると彼は張りつめていた気持ちが緩み、返って気落ちしたのでしょう、
「やはり私は駄目な父親なんですね。」
そう言ってしょんぼりして肩を落とすのでした。目には涙が溜まっています。
お医者様は顔を上げて彼を見詰め、少し微笑むと、椅子をくるりと回して立ち上がり、彼の傍らにやって来てそのしょ気た肩をポンと叩きました。
「まあ、何でも経験ですよ、今すぐは無理でも、段々とよい父親になればいいじゃないですか。」
習うより慣れろですよ、と、まだ年浅い父親を慰め励ますのでした。