蛍さんは大事を取って、念の為に、この医院に備えられていた病室の1室に入院させてもらう事になりました。
「先生ご迷惑をおかけしまして。」
そう彼女の家族の挨拶を受けながら、病室にやって来た先生は、蛍さんにやあ、気分はどうだい、と明るく微笑みかけました。
「おじさんだぁれ?」
目を覚ましたばかりの蛍さんはきょとんとして尋ねました。見慣れない部屋の中をきょろきょろと見回してみます。
「おじさんって、失礼な、先生だぞ。お医者様なんだからな。」
何時になく、彼女の父は真面目な顔をして蛍さんの事を窘めます。
蛍さんはそんな父に、普段と違った厳めしい雰囲気を感じ取るのでした。
「お医者様?それなら偉い人なんだね。」
そう蛍さんは言って、微笑むと、
「お父さんとどっちが偉い人なの?」
と、きゃっと、冗談めかして尋ねます。
これには父も、何時もの様に苦笑いして、この子はまたふざけてというように晴れやかな笑顔になると、こらこらと蛍さんの頭を撫でました。
その時です、いたた、と蛍さんが顔をしかめました。そんな彼女の様子に、先生がさっと表情を曇らせて彼女の傍によると、
蛍さんの父が撫でた彼女の額から前頭部にかけて、じーっと観察すると、しげしげと細部に渡って調べ始めました。
胸ポケットから眼鏡を取り出し、その眼鏡を掛けると、そっと蛍さんの髪の毛をかき分けて地肌を覗いてみます。
先生の手が触れると、イタタ…と蛍さんが再び声に出し顔をしかめます。
「ごめんね、痛かった、この辺りだね。」
診断を終えた先生はそう言って彼女から離れ、顔を更に曇らせると、酷く沈んだ顔付になり、
傍らの父をそっと呼び、静かに病室の外へと誘うのでした。
病室の外でぼそぼそと父とお医者様が話をしています。蛍さんは寝台に横たわったままで目に映る天井の白いモルタルの壁を眺めていました。
「先生、何とか宜しくお願いします。」
そう父の声が聞こえると、出来るだけの事はしますからというお医者様の声が聞こえて来ました。
『あの様子では、如何やら私は大分悪いらしい。』自分の事だと気付く蛍さんでした。が、この時不思議に彼女の気分は悪くありませんでした。
反対に、何方かというと爽快で、何故か自分は大丈夫で助かると思うのでした。
「お父さん、私なら大丈夫よ。」