Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 65

2020-11-04 16:53:00 | 日記
 居間の入り口に達する頃、私の視界は狭まっていた。目に見える世界の縁が隈取りされている様な感じだ。そして踏み出す自分の足が酷く重く感じる。居間に入って2歩ほど進むと、私は息も切れる様な感じになり、到頭その場にしゃがみ込んだ。

 気が付くと私は祖父と共に階段にいた。祖父は先程と変わらず、階段の同じ場所に陣取っている。私も先程と同じ様な場所に腰かけていた。私は自分の頭上を見上げ、顔の周囲の様子を眺めやり、その事を確認した。そうして『お祖父ちゃんは、長い事この階段にいるんだなぁ。』、そう思った。同じ場所に長くいて、酷くのんびりしている人だ。と、私には呆れる思いがした。そこで、

「お祖父ちゃん、時は金なりだよ。」

と目の前の祖父に言葉を掛けた。この時、祖父は力なく俯いていたのだ。それで私は、何かしら彼に活力を与える様な言葉掛けをした物とみえる。

 最初、祖父の様子に変化は無かった。が、私の言葉の後、間を置いて祖父はふっと気が付いた様子だ。顔を上げると私の顔を見た。私がそんな彼の目を見詰め返していると、祖父はおやっ、というような表情を浮かべ、意外そうな声でおいおいと言う。

 私は何だろうと思ったが、彼の言葉に思い当たる様な返答がこのの時の私の内には無かった。そこでしんとしていると、祖父はおいおい、この子目を開けているよと言った。やはり私には合点が行かない彼の言葉だ。

 すると、私の背後、階下の部屋か、居間辺りから父の声がした。

「ほらほら、ふざけているんだよ。」

性の悪い子なんだよ。これで父さんにも分かっただろう。それは紛れも無い私の父の言葉だった。どうやら私の父は階下にいて、案外私の傍近くに居るのだと分かった。私は自分の体か首の向きを変えて、自分の目で父の姿を確認しようとした。が、不思議な事に首が動かない。如何やら体も動かせない様子だ。私は目をぱちくりさせて祖父の目を見詰めた。すると祖父は優しそうな眼をして微笑んだ様に見えた。

 私は祖父の面差しにホッとすると、何だか疲れた気がして瞳を閉じた。『何故体が動かないのだろう。』そんな事を考え、指だけでもと、自分の指に神経を集中させてみた。微かに指先が動いた気がした。次は足だと、爪先の指に注意を寄せてみる。

 「なんだ、変わりないじゃないか。」

父の声が間近でした。が、私は自身のだるさが勝ってその声に反応出来ないでいた。

「今目を開けていた気がしたがなぁ。」

これは祖父の声である。ふうっと大きな嘆息が漏れて、父さんもなぁ、いい加減な事を言うなよ。こんな時にと、私の父の半ば怒ったような緊張した声がした。その臨場感あふれる彼の声に、私は何だか面白味を覚えるとくすっと笑った。