「本当に、お前という子は可笑しな子だなぁ、智ちゃんよ。」
祖父は笑顔で興味深げに言った。
「この悲劇の、祖父孫の今生の別れという、ここ一番の見せ場という物を、こうも上手く喜劇の場面に変えてしまうとはなぁ…。」
これも何かの一つの才能かしら。そう嘆息めいて言い終えると、彼は静かに目を伏せた。しみじみとした風情が祖父を取り巻いて行く。彼が感慨に浸っているのを私は感じた。
やはり私には、自分と祖父の間で何が起こっているのかさっぱり見当も付かない。この状況を打破したくて、私は先ず自身がしゃんとしようと決意した。そこで自分の体に力を入れて身を起こそうとした。
ズキン!
頭の一部に強烈な痛みが走った。「痛い!」。私は思わずうっと首を縮め、顎を引いた。「大丈夫か⁉。」祖父は血相を変えた。
「動かずじっとしていなさい。静かにな。」と、祖父は窘める様に私に声を掛けた。「酷く頭をぶつけていたからなぁ。それは痛いだろうさ。」と、彼は嘆息した。
お前は多分知らないだろうが、2度も階段から落ちて、2度とも頭をぶつけていたんだ。しかも2回目は酷かったんだよ。階段の踏み台にぶつけてな、その前にも階段の板にぶつかって、こうポンとな、弾んで落ちて、踏み台の角にだよ、ゴン!と…。
祖父は言葉を発する事が出来ず、ぐぐっと喉が詰まった。…
ぐっと、堰を切ろうとする物を抑えた彼は、「キユゥ!」…、とな、…キュゥ!と言ったんだよ!、お前はな。そう言って言葉を切った。ちらっと、彼は私の反応を見る様に横目で私の様子を窺った。
「きゅぅ!?」
私は不思議な思いで祖父の今の言葉を真似た。
「そう、そうだよ、それ。」
その通りだ、今のお前の言葉の通りだったと、祖父は非常に驚いた顔付をした。次に真面目に私の顔を覗き込んだ祖父は、智ちゃん、確認だけど、冗談じゃないよね?、と言った。今迄の、この階段で起こった出来事は、皆全て、冗談じゃないんだよね。こう祖父は半信半疑、覚束ないという様な面持ちで私に問い掛けた。
「冗談、」
だよっと、ふざけて言おうかと一瞬思った私だったが、何だかこの時ふいとこの私の興は引っ込んだ。
「…じゃないよ。」
私は答えた。
私は先程感じた頭の痛みに用心しながら身を起こした。痛くない程度に体を動かすと、私は階段の板にちょこりと座った。祖父はそんな私に慌てて身を寄せると、介添えする様に彼の手を差し出した。やはり「大丈夫かい、落ちるなよ」と声掛けしてくれた。私は大丈夫、大丈夫と答えて微笑んだ。が、やはり頭に痛みが走った。
笑顔でいたが、ツツツ…と声に出る。ほれ見た事かと祖父。呆れ顔の祖父に私は苦笑いして見せた。
「お前という子は、」
お前の大丈夫は当てにならないんだ。これで、今回よく分かったと、彼は腕組みすると、階段の板を背凭れにして、その下の階に深く潜り込んだ私の様子を窺いながら、静かに階段を下りて畳みの上に降り立った。
「当てにならない智ちゃん、そこで静かにしているんだよ。」
そう言うと、彼は廊下の入り口に向かって大声で、そこに誰かいないのか、と声を掛けた。
「誰かいるんだろう、出て来て手伝っておくれ。」
私1人では荷が重いよ。四郎、姉さんは?、早く出て来ておくれ!。最後は命令口調と言ってよい言い方で、祖父は苛々と言葉を発していた。彼はその場から動こうにもそれ以上私から離れると、事何か起こった場合に素早く対処出来無いのだ。彼はぎりぎりの線で間合いを量る位置に立つと、私の気配に気を配りながらその間合いを保っていた。
「早く!、力の無い者は持つ身には重いんだよ。」