Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 79

2020-11-26 16:24:58 | 日記
 私の手にポタリと何かが落ちた。何だろう、母の涎だろうか?。見上げる私の目には、如何にもそんな事が起こりそうな感じで母の口元が緩んで見えた。透かさず「汚い!」という言葉を口にした私だった。母はえっという感じで怪訝な面持ちをした。私の視線の先が自分の口元に注がれているのを察しながら、彼女は「何だい?」と私に言った。
 
 「お母さんの涎が私の手に落ちたの。」
 
腹を立てた声で私がこう文句を言うと、彼女は自分の手を口元にやり、手の甲で拭う仕草をした。それでも彼女は私の文句に合点が行かなかったらしく、拭う仕草をした方の自分の手の甲をしげしげと眺め、暗い階段の空間に外から僅かに漏れ込んだ残渣の薄い光の中、彼女の手の甲を晒してその皮膚表面の反射の具合を観察していた。
 
 「濡れて無いじゃないか!。」
 
彼女は不満げな顔と声を私に向けると言った。そうやって、彼女は暫くむっつりとして私を見据えていたが、ここで私は、その母の目が涙を含んでいる事に初めて気付いた。『涙⁈…、』ハッとしてそう思うと、私は彼女が何かしら悲しい目に遭ったのだと察した。それは何時何処で?。今し方の私の祖父とのやり取りの中に、彼女のこの涙の原因が有るのだろうか?。私は感じ取った。
 
 『そんな風じゃ無かったと思うけど。』…。私はこの邪推を程無く打ち消した。先程の私が、祖父に母を苛めるなと言った事にしても、私はその言葉に、言葉通りの意味を込めて言った訳では無かったからだ。単に、家族の遣り取りに参加したくて、私はその時何かしらそれらしい事を口の端に乗せただけなのだ。
 
 『変だなぁ?何でお母さんは泣いているんだろう。』、私は考察した。きっと彼女の事だ、また何かで物事の取違をして、悲しくなって涙が出たのだろう。こうぼんやりとした目の前の、涙顔の母の顔に私は推理した。そこで、
 
「お母さん、悲しむ事は無いよ。」
 
と彼女にアドバイスした。きっとお母さんの勘違いだよ。
 
「大丈夫、大丈夫。きっと大した事無いんだから。」
 
そう言うと、にっこりと笑って母の顔を見詰め彼女を元気付けようとした。私は家族の一員、彼女の子としての役割を果たし努力したつもりだった。
 
 すると、次の瞬間、私の母は何を如何思ったのかどっとばかりに目から涙を吹き出した。その顔は、口元の涎どころの騒ぎでは無い形相で、彼女の顔は満遍なく濡れそぼった形相へと変貌した。
 
 えっ、え、え、え…、と、彼女は声に出して泣きじゃくると、わぁあとばかりに階段を下り降り、「もうこれ以上は辛抱出来ません。」と祖父に告げると、彼の返事も待たず傍を抜け、よろめく様にして居間から廊下へとばたばたと姿を消した。