「云、そうだよ。私は何も悪い事はしていない。」と『思う。』。私は答えた。
私は、やや母に対して尊大な態度を取った事を内心悪びれてはいた。が、表面何喰わない顔をしてこの時祖父に同意した。すると私の父は、えっとばかりに驚いた。急に狼狽えると、いや解せ無いなぁとか、あれの話ではと、しどろもどろの態となると頬など染めた。その内「あれにもう一度確認してみる。」という言葉を残し、彼は這々の態で廊下へと引き取って行った。
すると祖父は、急にきつい目を私に向けた。
「智ちゃん、お前も悪くないかい。」
彼はこう私に声を掛けて来た。あれっと私は祖父のこの意外な豹変に思わず度肝を抜かれたが、私にとって祖父のこの私への非難に思い当たる出来事といえば、私の母に対して私が先程この階段で撮った言動である。
常日頃、時折私が母に対して行うあの様に彼女を小馬鹿にした言動について、しかし、この件については祖父は何も知らないはずだ、と私は考えていた。そこでこの時の私は、責めるような視線を送る彼に対して、この頃外で習い覚えてきたばかりの処世術の一つ、「ちゃっかり」を透かさず出す事にしてにっこりと凡庸に笑った。この場を万事幼さ故の無知の失態と誤魔化し通す事にした。
すると祖父は、「智ちゃんよ、」と、大人も昔は子供だったんだよと言う。彼の責めるような視線は少し和らいだが、私にとって、未だきつい感じを受ける祖父の目だった。それはその時の彼の、私に対する嫌悪感を感じ取れる眼差しだといえた。
祖父の目から私は、私に対する彼の怒りや嫌悪の感情の内に、彼が嫁である私の母に対して注ぐ情愛を感じ取った。実の孫の私とは違う義理の娘である私の母に対しても、彼が既に現在、家族の一員として思い遣っているという、彼の家族愛、自身の家族への庇護の念を感じ取った。この時の私に大人の言い分は理解出来無かったが、私はこの祖父の言動の中に、一家の主はかく有るべきだという手本を見出だした。この家で、将来の跡取りになろうという者は、これは見習うべき事だと感じた。これがこの家、祖父の家系の家風であると迄は到底考え及ばない年端であっても、家の代々とはこの様に受け継がれて行くものなのだと、晴天の青空の如く私の意識に上った。