私の母は急に項垂れてしょんぼりした。如何したというのだろうか、私は階下で起こっている出来事に如何にも合点が行かず、自分自身がこれからこの家族の状態にどの様に参加して行ってよいのかさっぱり分からなかった。
『兎に角何か言おう。』、そう決意して、「お祖父ちゃん、お母さんを苛めちゃ駄目だよ。」と声を掛けた。すると向こうを向いていた祖父の肩が、ハッとした感じで上に上がった。そうして彼はこちらへと肩越しに顔を向けた。祖父の向こう側にいた母はというと、祖父の体の陰で頽れに掛かった。
「姉さん、確り。」
祖父が彼の顔を戻し私の母の腕を取った。舅の陰になった場所からううぅ…と、嫁の嗚咽が漏れた。
「こんな時こそお前さんが確りしなければ、娘時代は過ぎたんだよ。お前さんはもう人の子の母親なんだからね。」
嫁から手を離し、確りと足を据えて彼女の傍に立った舅はきっぱりと言った。えぇ、えぇと頷く私の母の声が畳に近い場所から聞こえた。
「泣くのは後だ。さぁ、子供の傍へ行っておやり。」
そう祖父に言われた母が、ここで如何涙を堪えた物か、そう間を置く事無く彼女は私のいる階段へとしんみりと登って来た。
彼女は沈んでいた。顔色が酷く悪い。土気色という物だ。私は母の顔色を見て彼女が病気なのかと危ぶんだほどだ。この時の彼女は物言いた気に私を眺めるばかり、彼女の口からは何も言葉が語られてこなかった。
「お母さん、具合が悪いの?。」
そう私が訊くと、ぐ…っと彼女は喉を鳴らした。母は思わず私から顔を横に逸らし目を伏せた。と、彼女は彼女の背中を私に向けた。その儘母は暫く私に背中を見せていたが、
「姉さん、ここが正念場だ、確り!」
と、階下にいた彼女の舅の叱咤激励が飛ぶと、数回肩を震わせてええ、ええと頷いた。
「智ちゃん、」
振り返った母は私の名を呼んだ。うん、なあにと直ぐに私は答えたが、母は一向にその先の要件らしい事を話し出さない。再び智ちゃんと母は言ったが、その後も彼女からは何も言葉が無く、彼女の顔は私の目の前で一文字に口を結んだ儘でいる。見詰める私の目に彼女の唇がフルフルっと震えた。
さて、云と言う返事が良く無かったんだろうか?、私は考えた。そこで「はい、なぁに?。」と、母が何か言う前にと私は気を利かせた。ここで前以て彼女の呼びかけに合いの手を入れたのだ。これは母が以前私に対して、何かしら小言や躾に注意が向いた時に発した言葉、「云じゃなくて、返事ははい。」と命令口調で数回言った事を、この場で思い出して実行したまでに過ぎない。
すると母は、私に先んじられた事で一寸嫌な顔をした。が、如何やらこの私の返答で彼女は私への話を口にする事に気が乗ったらしかった。
「お前って、本と、嫌な子だね。」
何時もの調子と顔付きで、そんな言葉を彼女は私に零した。