「家」 @ 鎌倉七里ガ浜 + 時々八ヶ岳

湘南七里ガ浜(七里ヶ浜とも)から発信。自分の生活をダラダラと書きとめるブログ。食べ物、飲み物、犬の話題が多い。

焼餃子 + ワイン

2008-05-03 14:36:36 | 食べ物・飲み物


原村の別荘地シリーズの記事をちょっとお休みする。本日のお昼ごはんを、牛の如く反芻するのである。あまりにも焼餃子が美味しかったからだ。私はこれが子供の頃から大好きなのだ。私の妻がおおいに得意とする料理である。私はこれを作れない。焼くことすら出来ない(先日挑戦して失敗した)。

豚ミンチ、ニラ、ネギ、ショウガ、白菜、ニンニク・・・。強烈な材料の組み合わせである。オイスター・ソース、ごま油、酒、醤油等の下味が十分滲みた材料を皮につつむ。油を敷いて鉄の上で一気に焼く。ひっくり返して焦げた面を見せ皿に盛る。酢、醤油、ラー油、豆板醤をいれたタレをつけて食べる。口の中で個性的な材料と辛味の効いた調味料がなんとも複雑に混じり合い、熱くボッ!と炸裂する。

餃子をおかずにする、という家も多いらしいが、我が家ではただ餃子だけを食べ続けるのである。それでご飯は終わりだ。餃子はそれだけでも十分美味しいが、我が家では必ず赤ワインを飲みながら食べる。こういうと多くの人が「えぇ~!そんなの聞いたことない??」と言う。それは変である。天ぷらだって、刺身だって、今じゃ和食専門店がワインと一緒に食べさせる時代だ。あのソムリエ田崎真也さんだって、ウナギの蒲焼とワインの組み合わせを議論しておられる。強烈な焼餃子がしっかりした赤ワインと合わないわけがない。

中にはワインと合わせて食事することが難しい場合もあろう。因みに英国のワイン評論家ヒュー・ジョンソンさんが来日した時にてっさを食べて、「これに合うワインは何か???うぅ~ん。それにしてもこんなに味の無い食べ物は初めてだ」と言ったとか。さすがにそれではワインを合わせるのは難しい。



口の中で様々な味が炸裂する強烈な焼餃子とマッチングさせて、私が美味しいと思うのは、オーストラリア産のシラーズ種である。オーストラリア人に彼らのシラーズと合わせて食べる料理として、是非焼餃子を教えてあげたいものだ。画像はエルダートンというワイナリーのもの。オーストラリア東南部のバロッサ渓谷にあるワイナリーである。実は私は普段同じ地域にあるピーター・レーマン社のシラーズばかり飲んでいるが、今日はちょっと変えてみたのだ。

ピーター・レーマン社のシラーズ同様、このエルダートン社のものもグラスに注ぐと黒っぽい。果実味がムンムンして土っぽく、なかなか手強い濃さがあるのだが、焼餃子を相手になんとも簡単にガブガブ飲めてしまった。

ワインは美味しい。しかし普段の自宅の食事で、ワインと合わせて「バッチリ良い組み合わせだなぁ」と思うことはそんなにない。ところがこの焼餃子とシラーズは簡単に合ってしまうのである。皆さん、お試しを。私は、そろそろお昼寝タイムである。
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怪しいビジネス

2008-05-03 07:02:02 | 環境・土地


都会やその郊外の住宅地に比べれば、この近辺の別荘地は1000平米あるいは1200平米という1区画あたりの最低面積規制があるので、建物がお互いかなりの距離を保って建てられている。然しながら都会の暮らしに比べると、別荘地では隣に人が滞在しているか否かは、よりはっきりと意識させられる。それくらい人の密度が低いのである。

ところが前回書いたように、別荘オーナー達が別荘に通わない、あるいは通う頻度が相当落ちるようになると、隣り合って別荘を建てたオーナーも直接会う機会がほとんどなくなる。挨拶したことが全くない、というケースも多いだろう。すると怪しげなビジネスを仕掛けようとする業者が出現する。



我が山荘の敷地は一部は道路に面している。ご覧のように、冬場の凍結を考えたかなりしっかりとしたアスファルト舗装で、立派な側溝まで完備されている。また他の一部は別のオーナーの敷地と接しているが、そこは大規模開発分譲地であり、敷地境界も明確で杭が地中深く打ち込まれていて、境界についてなんら間違いようがないのである。

それでもそのヘンな業者はハガキをオーナー達に送る。そこにはおおよそこう書いてある:
敷地の境界が不明確なため、隣接する土地所有者の方々が不安を感じておられます。これを機会に敷地の境界をきちんと確定させておかれてはどうでしょうか。ご連絡お待ちしております。

隣接するオーナーとの交流もあれば、この業者が言うようなことはありえないことが理解できよう。また仮に交流がなくても、たまに別荘に行って現地をよく観察していれば、何も懸念はないことがわかるはずである。ところがほとんど現地に行ったことがないオーナーの中には、このハガキに不安を覚える人もいるらしい。

オーナーの皆さん、こんなハガキは無視しましょう。
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別荘オーナーの代替わり

2008-05-02 08:09:11 | 環境・土地


今年のGW前半を私達夫婦は山荘で過ごした。かなりの飛び石なので、谷間の4日間を休みにしなければ、連続したものにはならない。どうも後半の方がまとまった休みになり易いようで、我々が滞在していた前半は、八ヶ岳山麓のどこに行っても別荘族や行楽客が少なく、とても楽だった。

そうした事情はあるにせよ、「最近は滞在する人が少ないなぁ」と別荘地内を散歩している時に思った。原村にある三井の森は、標高が低い(と言っても1400mを越える)すずらん平が80年代半ばの販売であり、上にあるしゃくなげの丘が90年代である。我が山荘はしゃくなげの丘にあるが、2000年の頃までは週末ともなれば滞在者が多く、とても賑やかだったのである。また、土地を買ってまだ別荘は建っていないというのに、テントを張って泊まっている人まで見たこともあったくらいだ。

誰もが最初は意気込んでいるが、「その後の変化」とでも呼ぶべきものがあるのだろう。だいたいパターンは以下のとおりだ:

①別荘地を買ったが、資金的にきつくて建物を建てることが出来なかった。
②別荘地を買ったが、その後別荘そのものに関心を失い建物を建てるに至らなかった。
③別荘地を買い別荘を新築、あるいは建売または中古別荘を買ったが、その後何年か経って、自分を含め家族に変化が現れ、なんらかの理由で別荘に通うことがなくなった。

①、②はなんとも残念だが、③も残念である。どこの家でも変化は避けられない。親と一緒に喜んで別荘について来る子供は、せいぜい小学生以下だ。別荘地では中学生、高校生をほとんど見かけない。子供を自宅に放っておくには若すぎて心配なので、子供が付いて来ない以上、両親も別荘に行けないという家庭は多いらしい。また子供の変化は別にしても、オーナー自身の興味の対象、趣味が変わることもあろう。

かく言う私も同様だ。様々な変化を経て、とにかく八ヶ岳へ通ってはいる。しかし最近歳のせいか、金曜日の夜に八ヶ岳へ向かうのがつらくなって来た。長時間ドライブで腰が痛くなるのだ。仕事の後の夜間の運転は、途中でかなり眠くなる。高速道路のサービス・エリアで妻に運転を変わってもらうことも多い。八ヶ岳へ通う頻度は相当落ちている。かつて年間20回は通っただろう。直近の1年は、数えてみると5回だけだ。

私もこれまでに何人かの人から「別荘を持つべきか」という相談を受けた。多くの人について「ダメじゃないかなぁ」という予感が走る。しかし皆私の意見など聞いちゃくれない。その時は「どうしても別荘が欲しい!」と思ってしまうようだ。

こうして多くの別荘(地)が放置され、やがては売却されることになる。売却価格は買値の半額以下、3分の1なんてこともザラだ。別荘で売却損が生じてもそれが事業用資産と見做されることでもない限り、税金の還付請求も不可能だ。



やがてオーナーの売却依頼を受け、株式会社三井の森(不動産仲介のライセンスも持つ)の営業担当者が新オーナー候補者達をその売物件へと案内することとなる。区画図を片手にドライブがてら別荘地内を自分で見て廻る候補者達もいる。そしてGWともなると多いのが、観光旅行のついでに別荘地を見に来る遠隔地ナンバーのクルマに乗ったひやかしドライバー。しゃくなげの丘の最上部は標高1600mを越える。そこから上には阿弥陀岳山頂まで山林以外何も無い。画像の看板があったらそこで終わりである。ところがこういう看板を見ると、多くの人が最後の数十メートルを行ってみようと思うらしい。そして狭い道路の袋小路でUターンをする羽目になる。皆さん、この看板を見たら、それ以上クルマで進入するのは止めましょう。管理センターはウソをつきません。行き止まりでの切り替えしは大変だ。
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阿弥陀岳(八ヶ岳)を望む

2008-05-01 09:33:22 | 環境・土地

原村は八ヶ岳西麓にある。面積は小さい村なのに村内の標高差はものすごい。建物がある地域だけで500~600メートルは標高差がある。村内からはどこでも東側に八ヶ岳連峰が見える。我が山荘のある別荘地は八ヶ岳中央高原三井の森しゃくなげの丘という。そこからは、八ヶ岳の主峰のひとつ阿弥陀岳が真東に見える。ゴールデン・ウィークだというのに、山頂部分にはまだ雪がある。残念ながら画像が私のいつものいい加減な携帯によるものなので、鮮明さに欠ける。

我が山荘のある別荘地から見えるもうひとつの山がある。蓼科山である。これはほぼ真北に見える。別荘地から見える八ヶ岳の峰は、この二つがほとんどすべてである。別荘地の標高が高すぎて八ヶ岳山麓に近すぎ、山麓にありながら、八ヶ岳全体を見渡すという状況ではないのだ。「八ヶ岳に近い」が売り物のしゃくなげの丘からは八ヶ岳は見渡せない。「高い山麓別荘地のパラドックス」である。八ヶ岳連峰を見渡して暮らしたい人には、しゃくなげの丘は不向きな別荘地なのだ。

「真北と真東にそれぞれ大きな山が見えるから、東西南北が磁石や地図がなくてもよくわかるでしょう」と訪問者が言う。しかし実際は、方角を知るのにこれらの山も太陽も不要なのである。広大な西麓に位置する原村では、地勢は東から西へただダラダラと下がっており、「なんだか自分は下っているなぁ~」と思ったら、それは西に向かっているということで、逆なら東に向かっているのだ。極めて方角がわかりやすく磁石の要らない原村。森と畑と牧場の原村。あなたも通ってみませんか?
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