ピスタチオだけど、ふにゃふにゃ
【旧書回想】
「週刊新潮」に寄稿した
2021年3月後期の書評から
半藤一利『歴史探偵 忘れ残りの記』
文春新書 935円
『忘れ残りの記』といえば吉川英治が少年期を回想した半自伝だが、今後は本書を指すようになりそうだ。今年1月に逝去した著者がパンフレット「新刊のお知らせ」に連載したコラムを中心に編まれた。昭和史、四季折々、文豪たち、銀座などが柔らかな口調で語られていく。また各逸話に向ける眼差しもすこぶる優しく、「大道を行くにあらず俺の楽しみは裏道よ」のつぶやきが聞こえてくる。(2021.02.20発行)
桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』
KADOKAWA 1760円
舞台は北海道・釧路のキャバレー。20歳の章介は住み込みのアルバイトだ。年末、ショータイムの出演者がやって来る。失敗が得意芸のマジシャン、女装のシャンソン歌手、そして年齢不詳のストリッパーの3人だ。それからの一カ月、訳ありばかり4人の奇妙な同居生活が続いていく。底辺上等。今ここで生きていること、それが全てだ。桜木ワールド全開で描かれる、涙と笑いの「疑似家族」物語。(2021.02.26発行)
「旅と鉄道」編集部:編
『車窓の風に吹かれて~作家たちの鉄道旅』
天夢人 1760円
13人が記した旅エッセイが並ぶ。いずれも旅に出ることを躊躇しなくてよかった頃の鉄道旅だ。川本三郎が乗り込んだ「SL銀河」の車内には宮沢賢治の本が置いてある。島尾伸三はラストラン寸前の「日本海」で青森へ向かい、玉村豊男は5つの路線を乗り継いで信州を一周。また根室駅のホームにあるプレート「日本最東端有人の駅」の脇に立つのは酒井順子だ。流れる風景と時間を追体験する。(2021.03.06発行)
田口俊樹『日々翻訳ざんげ~エンタメ翻訳この四十年』
本の雑誌社 1760円
海外ミステリーやハードボイルドのベテラン翻訳家である著者が、デビューから現在までを回想する。リューイン『刑事の誇り』では主人公の「癖」にこだわり、ル・カレ『パナマの仕立屋』では作家本人からの要望と向き合った。また自ら新訳を志願したのがケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』。田中小実昌など先行する7つの邦訳と自身の訳文を並べて比較する試みが何ともスリリングだ。(2021.02.20発行)
青木 理『時代の異端者たち』
河出書房新社 1870円
『時代の抵抗者たち』に続く対談シリーズの第2弾。継続するテーマは「日本人と戦後70年」で、9人が登場する。美輪明宏は、50数ヵ所もの原発が戦争を不可能にする「抑止力」になっていると逆説的に語る。元総務省大臣官房審議官の平嶋彰英は、権力基盤を固めるために権力を行使する現首相を「東條英機的」と表現する。著者によれば、彼らを異端者にしているのは時代と社会の歪みだ。(2021.02.28発行)
伊藤整:著、伊藤礼:編『伊藤整日記1 1952―1954年』
平凡社 4620円
第一級資料の出版が開始された。戦後文壇を代表する一人である伊藤整の日記、1952年から亡くなる69年までの18年分だ。この時期、伊藤は大著『日本文壇史』の執筆と並行して、『女性に関する十二章』や小説『火の鳥』などベストセラーを連発する。日記には仕事の進捗状況、編集者との関係、家族のこと、さらに原稿料や印税についても詳細に書き残していた。そこにいるのは生身の伊藤整だ。(2021.03.03発行)
乾き亭げそ太郎
『我が師・志村けん~僕が「笑いの王様」から学んだこと』
集英社インターナショナル 1760円
昨年3月に亡くなった志村けん。著者は1994年に弟子入りし、7年間付き人を務めた。また97年からは志村の冠番組や舞台で共演。笑いの求道者の素顔を知る一人だ。「入口(始まり)がしっかりしていれば、オチはどうなっても大丈夫」「何かのキャラクターを演じるときは必ず設定を作る」「常識を知らないと、非常識なことはできない」などの志村語録と共に、あの見慣れた笑顔が甦ってくる。(2021.02.28発行)