ドラマ「エルピス」の挑戦
冤罪事件扱う制作者らの覚悟
今期のドラマの話題作というだけでなく、今年を代表する一本になるかもしれない。長澤まさみ主演「エルピス―希望、あるいは災い―」(カンテレ制作、フジテレビ系)である。
主人公の浅川恵那(長澤)は報道番組の人気アナウンサーだった。しかし、恋愛スキャンダルが発覚して左遷される。現在は、ゆるい情報バラエティー番組のコーナー担当という「冷や飯」状態だ。
そんな浅川が若手ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)と共に、最高裁で死刑が確定した少女連続殺人事件の独自取材を始める。
容疑者の松本良夫(片岡正二郎)は「冤罪(えんざい)」ではないかと浅川は疑う。局の上層部に企画を却下されたにもかかわらず、取材をまとめたVTRを生放送中に無断で流す。
処分を覚悟していた浅川だったが、視聴率が上がったことで上層部は手のひら返しに。続編を制作する許可が下り、浅川らは見えない闇に包まれた事件にますます深入りしていく。
このドラマ、何よりも「冤罪事件」を扱っていることに驚かされる。冤罪は、警察だけでなく、検察や裁判所の大失態でもある。
同時に、メディアが自ら真相を明らかにすることをせず、警察の発表をそのまま流したのであれば、それは冤罪に加担したことになる。テレビ局が自分たちにも批判の矛先が向きかねないリスクがある中で、こうしたテーマのドラマを作るには覚悟が必要だ。
その意味で、プロデューサーの佐野亜裕美や脚本の渡辺あやの意思を感じるのが、エンドロールで紹介される9冊の参考文献だ。しかも5冊が「足利事件」に関するものである点に注目したい。
足利事件が発生したのは1990年5月12日。栃木県足利市内のパチンコ店で当時4歳の幼女が行方不明となり、翌朝、市内の渡良瀬川河川敷で遺体で発見された。幼稚園のバス運転手だった菅家利和さんが有罪判決を受けて服役。その後、DNA型が真犯人のものと一致しないことが判明し、無罪が確定した。
たとえば、清水潔著「殺人犯はそこにいる―隠蔽(いんぺい)された北関東連続幼女誘拐殺人事件―」。自己防衛のために警察がいかにうそをつくか。また警察に情報操作されるメディア側の実態も克明に描かれている。
このドラマでは、現実の冤罪事件に対する制作陣の視点がさまざまな形で反映されていくはずだ。そこには、テレビを含むメディアが「何をして、何をしなかったか」の問題も含まれる。ドラマだからこそできるスリリングな挑戦だ。
(毎日新聞「週刊テレビ評」2022.11.26夕刊)