碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

『ワルイコあつまれ』がトライした、異色の「原爆特集」

2022年09月14日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『ワルイコあつまれ』がトライした、

異色の「原爆特集」

 

8月のテレビを振り返ってみると、例年通り、戦争をめぐる特集番組がたくさん流れました。

その中に、強く印象に残ったものがあります。

77年前、広島に原爆が投下された8月6日。NHKは「原爆特集」を2本放送しました。

1本はNHKスペシャル『原爆が奪った“未来”~中学生8千人・生と死の記録~』です。

あの日、広島市の中心部で、空襲の延焼を防ぐための「建物疎開」に動員されていた、たくさんの中学1年生が犠牲となりました。

番組では、学校や遺族の元に遺されていた「死没者名簿」や「被災記録」を独自に収集。

それらを分析することで、生徒たちがどこで被爆し、どのように亡くなったのかを初めて可視化したのです。

画面上で点滅する1つの光が、1人ひとりの生徒たちです。

何が起きるのかも知らずに作業場へと向かう、8000個の光を止めたくなりました。

異色の「原爆特集」

6日に放送された2本目は、Eテレ『ワルイコあつまれ』でした。

これが、異色の「原爆特集」だったのです。

『ワルイコあつまれ』は、稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんによる「教育バラエティー番組」。

普段は「慎吾ママの部屋」など楽しいコーナーが並んでいます。

しかし、この日は、番組の半分に当たる15分間を使って、「子ども記者会見」という場を設けていました。

広島で原爆を体験した竹本秀雄さんに、子ども記者たちが質問したのです。

会見の司会を稲垣さんが務め、記者席には「しんごちん記者」として香取さんの姿がありました。

原爆の記録映画に使われていた、1枚の写真。

頭に包帯を巻いた幼い男の子と、その子を背負って歩く少年の姿が写っています。

今年6月、竹本さんは「包帯の子」が当時3歳の自分だと名乗り出たのです。背負ってくれたのは、お兄さんでした。

そのお兄さんからは、「お前を助けた」とか「原爆でこうだった」といった話は、ひと言も聞いていないそうです。

子ども記者が「覚えていることは?」と訊くと、「橋が燃えていたこと、そして横たわった女の人が水をくださいと言ったこと」。

そして「戦争についてどう思いますか」という質問には、「犠牲になるのは一般の人や子ども。頭を冷やして話し合いで解決できないかと思う」と答えていました。

時に涙を流しそうになりながら、自らの経験を語る竹本さん。

子ども記者たちも真剣に聞いていましたが、この番組を見た子どもたちも多くのことを感じ取ったのではないでしょうか。

制作者と出演者の意欲があれば、バラエティー番組ならではの手法で、こうしたトライができることを示す好企画でした。


【旧書回想】  2020年12月後期の書評から 

2022年09月13日 | 書評した本たち

深川・伊勢屋さんの「豆大福&塩大福」

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年12月後期の書評から

 

 

久能 靖『実録 昭和の大事件「中継現場」』

文藝春秋 2090円

テレビの特性が最も発揮されるのが「中継」だ。離れた場所の事件や出来事を、リアルタイムの映像で見せてくれる。著者は日本テレビのアナウンサーとして様々な「現場」に立ってきた。60年安保闘争、成田闘争、東大安田講堂事件、よど号ハイジャック事件、浅間山荘事件などだ。そこでは何が起きていたのか。当時は伝え切れなった事実も含め、1960~80年代の深層に迫る貴重な証言集といえる。(2020.11.30発行)

 

朝日新聞将棋取材班『藤井聡太のいる時代』

朝日新聞出版 1430円

5歳で将棋と出会った少年が「史上最年少棋士」となり、無敗で公式戦の最多連勝記録(29連勝)を樹立。さらに王位と棋聖の「二冠」を手にした。藤井聡太は他の棋士と何が違うのか。集中力、読みの速さと正確さ、そして負けん気。だが、それだけではない。本書は新聞で3年以上も連載が続く同時進行ドキュメントだ。本人はもちろん、対局した棋士たちの証言も交えつつ強さの秘密に迫っていく。(2020.11.30発行)

 

内館牧子『今度生まれたら』

講談社 1760円

主人公の佐川夏江は昭和22年生まれ。まさに団塊世代だ。2歳上の夫の寝顔を見ながらつぶやく。「今度生まれたら、この人とは結婚しない」。夏江が若かった頃、「できる女」は好まれず、幸せは男からもらうものだった。今、そのツケが回ってきて、人生の満腹感はあるが満足感はない。それでいて「前向きバアサン」「終活バアサン」が大嫌いだ。老人になりきれない70代の明日はどっちだ?(2020.12.01発行)

 

小林泰彦『続にっぽん建築散歩』

山と渓谷社 1540円

1970年代後半、『POPEYE』などに載った著者のイラストで、「ヘビーデューティー・アイビー」という名のファッションを知った人も多いのではないか。本書には、その温もりのある絵柄で描かれた全国30エリアの名建築と地図、エッセイが並ぶ。文明開化の香りを楽しむ鶴岡。昔の町並みにおもしろい建物を探す飛騨高山。産業遺産を歩く北九州市。リアルな旅も架空散歩もこの一冊が友となる。(2020.12.01発行)

 


【旧書回想】  2020年12月前期の書評から 

2022年09月12日 | 書評した本たち

深川・伊勢屋さんの「みたらし団子」

 

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年12月前期の書評から

 

 

阿木慎太郎『ピグマリオンの涙』

祥伝社 1870円

映画界を舞台にした長編小説だ。ライターの南比奈子は、伝説の映画プロデューサー、上野重蔵の取材を担当する。50年数前、文芸映画の巨匠だった上野は突然業界から姿を消す。そして数年後に復帰した時には、ポルノ映画の製作者となっていた。取材過程で比奈子は記録にはない上野作品の存在を知る。主演は津田倫子。幻の映画と謎の新人女優を追って、手探りの単独調査へと踏み出していく。(2020.11.20発行)

 

渡辺豪:監修・解説『赤線本』

イースト・プレス 2530円

敗戦の翌年に出現した売春街、通称「赤線」。昭和33年の売春防止法施行で消えてから60年以上が過ぎた。実際に体験した人は貴重な存在と言える。本書は赤線を描いた文芸作品を軸とするアンソロジーだ。永井荷風「吾妻橋」、田村泰次郎「鳩の街草話」、吉行淳之介「驟雨」といった小説。五木寛之、小沢昭一などのエッセイや竹中労の評論も。幻の町は、記憶の海の中にひっそりと生息している。(2020.11.25発行)

 

河尻亨一『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』

朝日新聞出版 3080円

前田美波里を起用した資生堂ポスター。パルコのブランドイメージ。米映画『MISHIMA』の美術監督。そして北京五輪開会式のコスチュームディレクター。いずれも石岡瑛子の仕事である。本書は、貴重な本人へのインタビュー、周囲の人々の証言、さらに膨大な資料を駆使して書かれた初の評伝だ。書名のタイムレスは、著者が「命のデザイナー」と呼ぶ石岡の「時代を超える意志」を表している。(2020.11.30発行)

 

中野 翠『コラムニストになりたかった』

新潮社 1760円

コラムニストという存在がまだ一般的ではなかった頃からコラムを書き続けている著者。本書は約半世紀の歩みを振り返る自伝的エッセイ集だ。「自分の居場所」を探す彷徨時代を経て、恋愛や結婚や自分自身を語るより、映画や本や巷の話について書くほうが自分らしいと分かってくる。活字の世界で生き抜いてきた女性の仕事史であると同時に、社会と文化の変遷を概観できる同時代クロニクルだ。(2020.11.25発行)

 

坪内祐三『文庫本千秋楽』

本の雑誌社 2750円

坪内祐三が亡くなったのは2020年1月。コラム「文庫本を狙え!」が消え、『週刊文春』は寂しくなった。そんな書き手、そうはいない。本書には最後の4年間に書かれたものが並んでいるが、どこから読んでも構わない。どのページにも坪内がいる。肉声が聞こえる。語っているのは、どこまでも坪内にとっての「その文庫本」だ。それでいて普遍性があるから全部読んでみたくなる。読書も供養だ。(2020.11.25発行)


『北の国から 2002遺言』から20年、 幻の「続編」とは?

2022年09月11日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

『北の国から 2002遺言』から20年、

幻の「続編」とは?

 

連続ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)が始まったのは1981年10月。

翌年3月に全24話が終了した後も、スペシャル形式で2002年まで続きました。

放送されていた20年の間に、壮年だった黒板五郎(田中邦衛)は60代後半になっています。

また、小学生だった純(吉岡秀隆)や螢(中嶋朋子)は大人になっていき、仕事、恋愛、結婚、さらに不倫までもが描かれたのです。

ドラマの中の人物なのに、見る側はまるで親戚か隣人のような気持ちで黒板一家を見守ってきました。

この「時間の共有」と「並走感」は、『北の国から』の大きな魅力です。

『北の国から 2002遺言』から20年

シリーズの最後となった、『北の国から 2002遺言』前編が放送されたのは、2002年9月6日のことでした。翌7日に、後編も流されました。

あれから20年。しかし、多くの人にとって、物語は今も続いているのではないでしょうか。

思えば、確かに五郎は「遺言」を書いていました。しかし亡くなったわけではなかった。

実際、純も螢も、ドラマの中でこの遺言を目にしてはいません。

あれからずっと五郎は富良野で、そして子どもたちはそれぞれの場所で元気に暮らしているのではないか。

見る側はそんなふうに想像しながら20年を過ごすことが出来ました。

実は、倉本聰さんは『2002遺言』の「続編」にあたるシナリオを書き上げていました。

昨年秋、富良野で開かれた、「『北の国から』40周年記念イベント」で、その内容(粗筋)を自ら語って明かしています。

タイトルは『北の国から 2021ひとり』。

続編『北の国から 2021ひとり』の粗筋

会場で直接聞いた、倉本さんの説明によれば・・・

2002年、螢と正吉は息子の快(かい)を連れて福島県に行きます。

桜並木で有名な富岡町の夜ノ森に家を借り、正吉は富岡町の消防署に勤め、螢は診療所に勤めました。

2009年に「さくら」という女の子が生まれると、五郎はその子に夢中になり、なかなか富良野に帰りません。

それを純たちが連れ戻すといった出来事があります。

2010年、純の妻である結(ゆい)が、勤め先の店長と不倫をしたことで離婚。

2011年に東日本大震災が起きます。消防職員の正吉は人を助けようとして津波に巻き込まれ、行方不明となったのです。

その翌日、原発が爆発して全員避難することになり、正吉を探すことができない状況が何年も続きました。

2014年に避難指示が解除され、砂浜で正吉の手がかりを探しますが、見つかりません。

それでも五郎は必死になって砂を掘り続けますが、純は「もう、あきらめよう」と説得。富良野に連れて帰りました。

2018年、83歳の五郎は癌の疑いで病院に検査入院。ところが、MRIが怖くて途中で逃げ出してしまいます。

2020年、新型コロナウイルス感染の広がり。

札幌で医療廃棄物の処理を担っている、純。福島で看護師として働いている、螢。2人の仕事場はコロナ対応の最前線です。

その一方で、五郎は自身の「最期」を考え始めていました。強く望んでいるのは、「自然に還(かえ)ること」でした。

幻となった、新たな「五郎の物語」

昨年3月、五郎を演じてきた田中邦衛さんが亡くなりました。

主演俳優の不在を承知の上で、新たな「五郎の物語」の構築に挑んだ倉本さんに敬意を表したいと思います。

この新作を、倉本さんはテレビ局に渡しましたが、最終的にドラマ化は実現しませんでした。

もちろん様々な事情が存在したのでしょうが、残念です。

ドラマは時代を映す鏡です。

『北の国から 2021ひとり』が見せてくれるはずだった、この国の「過去20年」と「現在」。

そして、黒板五郎という国民的おやじが選択した「人生の終(しま)い方」。

長年にわたって『北の国から』を見てきた皆さんが、それぞれの想像の中で、この幻の「続編」をオンエアしてもらえたらと思うのです。


【気まぐれ写真館】 中秋の名月 2022

2022年09月10日 | 気まぐれ写真館

2022.09.10

 

 

 


【気まぐれ写真館】 いただきもの(熊本のお土産)

2022年09月10日 | 気まぐれ写真館

 


言葉の備忘録295 夜は・・・

2022年09月09日 | 言葉の備忘録

 

 

 

夜は必ず明ける。

しかし私たちはただその時を肩を落とし、

目を伏せて待つだけでいいのだろうか。

夜には夜の生き方がある。

 

 

五木寛之『新版 夜明けを待ちながら』

 

 


「NICE FLIGHT!」缶ビールを片手にゆったりと

2022年09月08日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

「NICE FLIGHT!」

金曜夜は缶ビール片手に…

玉森裕太と中村アンの

穏やかな恋を眺める愉しみ

 

金曜夜の11時台に、重たいドラマはあまり見たくない。かといって、登場人物たちだけがはしゃいでいる作品もうっとうしい。

その点、「NICE FLIGHT!」(テレビ朝日系)はピッタリだ。主な舞台は羽田空港。副操縦士の粋(玉森裕太)と航空管制官の真夢(中村アン)の“お仕事ラブストーリー”である。

パイロットが主人公のドラマといえば、木村拓哉の「GOOD LUCK!!」(2003年、TBS系)を思い出す。あちらは「パイロット道」を究めるかのように、いつも眉間にしわを寄せていたっけ。

また女性管制官では、深田恭子主演「TOKYOエアポート~東京空港管制保安部~」(12年、フジテレビ系)があった。深田もまた笑顔を封印して、「冷静沈着」の権化みたいな真剣さで仕事に取り組んでいたものだ。このドラマにも粋のフライトや訓練、真夢の業務シーンが出てくる。だが、あまり緊迫感はない。

前述の木村や深田は、どこか肩に力の入った演技を見せていたが、こちらの2人は自然体で無理がない。しかも、恋愛もまた適温で進んでおり、粋の元カノ(筧美和子)への誤解から、真夢の気持ちが揺れた程度だ。

おかげで、見る側は缶ビールなど片手に、心優しき青年と生真面目な年上女性の穏やかな恋を、ゆったりと眺めることができる。次回は最終回。予想通りの“着陸”を見せてくれたら拍手だ。

(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2022.09.07)

 

 


ドラマ『アイドル』(NHK)のヒロインは、 なぜ「古川琴音」だったのか

2022年09月07日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

ドラマ『アイドル』(NHK)のヒロインは、

なぜ「古川琴音」だったのか

 

 異色の「戦時ドラマ」

毎年8月は、戦争や原爆をテーマとした特集番組が放送されます。

それらは主にドキュメンタリーですが、今年は戦時下を描いた、異色のドラマがありました。

それが11日に放送された、特集ドラマ『アイドル』(NHK)です。主演は古川琴音さん。

物語の舞台は、「ムーラン・ルージュ新宿座」という劇場です。

開館は1931年(昭和6年)。演劇やレビューなどを上演して人気を集めました。戦時下でも営業を続け、閉館されたのは戦後の51年です。

ドラマは、「二・二六事件」の起きた1936年(昭和11年)から始まります。

威容を誇るムーラン・ルージュ新宿座。戦時下とはいえ、館内はいつも満員です。

どんな時代も、人々はエンターテインメントを求め、劇場にも足を運んだのでした。不穏な空気をひと時忘れ、歌とダンスに熱狂したのです。

地方から出てきた少女・小野寺とし子(古川)は、ムーランの座員に選ばれます。

やがて「明日待子(あしたまつこ)」の名でトップアイドルとなっていきました。アイドルは戦時下の「希望」だったのです。

実在した「明日待子」

「明日待子」は実在の女性です。本名は、須貝とし子さん。20年(大正9年)に岩手県で生まれました。

13歳で俳優を目指して上京。「ムーラン」に採用され、デビューすると、あっという間に人気ナンバー1のアイドルになったのです。

昭和初期から戦後にかけて活躍した後、49年の結婚がきっかけで札幌に移住します。

俳優を引退し、日本舞踊の家元・五條珠淑(ごじょうたまとし)として活動を続けました。

亡くなったのは、つい3年前の2019年。99歳でした。

家元として札幌で過ごしていた頃の須貝とし子さんの写真を見たことがあります。

艶(つや)と品のある、素敵なおばあちゃまでした。

天才肌の憑依型女優「古川琴音」

待子を支える、劇場の看板俳優が山崎育三郎さん。支配人でプロデューサー役を演じるのは椎名桔平さん。

ステージでの歌も踊りも音楽も本格的な作りです。

このドラマ、まずヒロインに古川さんを抜擢したことに拍手です。

レビューのスターということで、歌って踊れるアイドルグループのメンバーなどが演じていたら、全く違う作品になったでしょう。

古川さんという、一種天才肌の憑依型女優だからこそ、戦時下のアイドルの喜びも悲しみも、深いレベルで表現できたからです。

アイドルとしての「葛藤」

待子は、アイドルは「人を励ます仕事」だと信じていました。

しかし、学徒出陣の若者や、慰問で訪れた戦地の兵士たちへの励ましが、死へと向かう彼らの背中を押すことになると気づいて、待子は苦しむのです。

出征が迫るファンたちに、待子がこう呼びかけました。

「皆さん、私はずっとここにいます。だから、また会いに来て下さい!」

生きて帰って欲しいという、痛切な願いの言葉です。

脚本は『半沢直樹』や『おちょやん』の八津弘幸さん。演出は『青天を衝け』などの鈴木航さん。

異色の「戦時ドラマ」にして秀作と言える1本でした。


【気まぐれ写真館】 残暑の中、遊びに来たワンちゃん

2022年09月06日 | 気まぐれ写真館


広島と長崎、事実の発掘と記憶の継承

2022年09月05日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

<碓井広義の放送時評>

事実の発掘と記憶の継承

 

8月は平和と命について考える大切な機会だ。今年はNHKで放送された2本の原爆特集が強く印象に残った。

1本目は8月6日放送のNHKスペシャル「原爆が奪った“未来”~中学生8千人・生と死の記録~」だ。

あの日、広島の中心部で屋外作業をしていた、多くの中学生が犠牲となった。空襲による延焼を防ぐために家屋を取り壊す「建物疎開」に動員されていたのだ。その数、約8千人。

番組では学校や遺族が保存していた「死没者名簿」や「被災記録」を収集して分析を行った。生徒たちがどこで被爆し、どのように亡くなったのかを、人工知能(AI)を駆使して「可視化」したのだ。

画面の地図上で点滅する一つの光が1人の生徒だ。何が起きるのかも知らぬまま、自宅から作業現場へと向かう8千個の光。思わず「行くな!」と叫びたくなる。

当日亡くなったのは3千人以上。1カ月後には5千人を超えた。一方、九死に一生を得た生徒たちも「生き残った者の葛藤」を抱えて長い年月を生きてきた。

さらに見つかった会議の資料から、空襲の危険を理由に反対する学校側を、軍がねじ伏せるようにして動員を決めた経緯も明らかになる。戦争をする大人が子どもたちの未来を奪うことを、あらためて訴えていた。

8月13日に放送されたのが、ETV特集「“ナガサキ”の痕跡と生きて~188枚の“令和 原爆の絵”~」だ。

昨年、長崎で「原爆の絵」が募集された。たとえば86歳の女性は、防空壕(ごう)で見た光景を絵にしている。焼けただれた背中を無数のウジ虫が這いまわる男性と、それを七輪の煙で追い払おうとする女性の姿だ。

少女だった自分を見つめ返した、この女性の「悲しそうな目が忘れられない」と語る心情が痛ましい。

この「原爆の絵」の取り組みは初めてではない。だが、今回集まった絵には新たな特徴が二つあると番組は指摘する。

一つは描かれている場所が爆心地だけでなく、広範囲になったこと。生活の場や日常の中の原爆の実態を描いているのだ。

二つ目は、かつての惨状や亡くなった人たちの姿だけでなく、生き残った者たちが助け合う様子の絵が増えていることだ。時間の経過と共に、被爆者たちの思いもまた変化してきたのだ。

そして番組はこう結ばれていた。「長崎の被爆者たちが最後に伝えるのは、戦争を前にした日々の営みのもろさと尊さ。今、再び戦争の危機にある世界で、私たちに残された平和への道しるべです」

(北海道新聞 2022.09.03)


【書評した本】 若松宗雄『松田聖子の誕生』

2022年09月04日 | 書評した本たち

 

 

1本のカセットテープから始まる誕生秘話

若松宗雄『松田聖子の誕生』

新潮新書 902円

 

松田聖子がデビュー曲『裸足の季節』と共に登場したのは1980年4月。突然現れて一気にトップアイドルとなった印象だが、その背後には様々なドラマがあった。

若松宗雄『松田聖子の誕生』は、当事者である音楽プロデューサーが語る「誕生秘話」である。

事の始まりは78年の5月に届いた1本のカセットテープだ。オーディションに応募してきた福岡県久留米市の高校生、蒲池法子(かまちのりこ)の歌 だった。その「清々しく、のびのびとして力強い」歌声は若松を圧倒した。

とはいえ、デビューは簡単なことではない。芸能界入りに反対する父親。若松が所属するCBS・ソニー社内の薄い反応。そして難航するプロダクション探し。中には「ああいう子は売れない」と断ってきた事務所もあったほどだ。

ところが、若松は決して諦めない。自分の直感と聖子の才能を一度も疑わないのだ。その「想い」の強さが、いくつもの壁を突破する力となっていく。

当時、アイドル歌手として歌謡界の中軸にいたのは山口百恵だ。南沙織のアンチテーゼである百恵は、過去のアイドルと一線を画する独特の存在だった。いわば、その百恵を否定する形で出てきたのが、誰にも似ていなかった聖子なのだ。

若松は言い切る。「私でなければ松田聖子をデビューさせることはできなかった。なぜなら私だけが彼女の可能性を信じ、見抜いていたからだ」。本書は昭和歌謡曲史の空白を埋める、貴重な回想記だ。

(週刊新潮 2022.09.01号)


黒木華『僕の姉ちゃん』から 目が離せない理由

2022年09月03日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

黒木華さん演じる、「姉ちゃん」白井ちはる

 

黒木華『僕の姉ちゃん』から

目が離せない理由

 

黒木華さん主演、水ドラ25『僕の姉ちゃん』(テレビ東京系)から目が離せません。

大きな物語ではないのです。むしろミニマムで、父の海外赴任に母も同行した留守宅で暮らす、姉と弟の日常です。

何事にも辛辣な姉、白井ちはる(黒木華)は三十路のOL。そして素直な性格の弟、順平(杉野遥亮)は社会人1年生。

夜、仕事から帰った2人が、どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もない会話を、ゆるく続けていく。そんなドラマです。

ユニークな姉の言葉

とにかく、姉の言葉がユニークで、聞き逃すことが出来ません。

弟が「好きな男性に対する母性」について問えば・・・

「育ててもない男に、そんなもんあるわけないじゃん」と言い切る。続けて「幻想が好きならオーロラでも見てこいっつーの」と明快です。

さらに「あんたに彼女ができたとしても、あたし、たぶんその子キライ」って、ほんと自由な姉ちゃんですよね。

ある時、社内のボウリング大会に参加して、帰宅した姉。気になっていた男性とハイタッチしたのですが、「ときめかなかった」と落胆しています。

その理由が「手のひらが合わない人と他の部分を合わせられると思う?」

うーん、名言です。

24日深夜の第5話も・・・

8月24日深夜の第5話も、じわじわとおかしい会話が楽しめました。

夜、姉のちはるが帰宅します。さっそく気になることを聞いてしまう、弟の順平。

「あれ? そんな小さいバッグで会社、行ったの?」

「モテる女はバッグが小さい、という民話があるよ」

「どんな民話だよ」

「今夜のデートは無理めな女を演出してみました~」

「つーかさ、彼氏いるのに、なんで他の男とメシなんか食うわけ?」

「保険よ、保険」

「うわっ嫌な感じ! 次の男をキープとかって」

「キミのそののっぺりとした思考に、姉ちゃん、哀れみすら感じるよ」

「なにが~」

と訊く弟に、

「あたしの言う保険とは老後のこと。若さや美しさが消え去ってからも、男にちやほやされた思い出は失われない。だからいいのよ別に、必ずしも男前とのデートでなくても」

いや、素晴らしい発想なり(笑)。

「たとえば、アンタくらいでもいーの。需要があって、よかったねえ」

「そりゃ、どーも!」

見事な「平熱の演技」

こんな会話、深夜ドラマだからこそ、より味わい深いというものです。

アマゾンプライムビデオで先行配信されていましたが、週に1度、深夜に登場人物たちと顔を合わせる「のんびり感」が、このドラマにはちょうどいい。

原作は益田ミリさんの人気漫画。

ベテランOLである姉ちゃんのキャラクターが秀逸で、それを完璧に体現してみせる黒木さんの自然体というか、「平熱の演技」が見事です。


【新刊書評2022】5月後期の書評から 

2022年09月02日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年5月後期の書評から

 

 

長谷川晶一『中野ブロードウエイ物語』

亜紀書房 1870円

中野ブロードウエイは、ショッピングセンターと集合住宅を併設する複合ビルだ。マンガ専門店「まんだらけ」をはじめ、アニメ関連の店舗も軒を連ねることから「オタクの聖地」「魔窟」と呼ばれてきた。老朽化にも負けない個性的な店主たち。沢田研二や青島幸男も愛した居住空間。住人でもあるノンフィクションライターの著者が、この異空間の半世紀以上にわたる歴史と現在を活写していく。(2022.05.02発行)

 

田村景子:編著『文豪東京文学案内』

笠間書院 1980円

「文豪」と呼ばれる作家たちも、日常においては一人の「生活者」だった。自ら住み暮らした地元「東京」を、彼らはどう捉えていたのか。日本橋の花柳界に江戸の残り香を求めた泉鏡花。東京中の急坂を自転車で駆け抜けた、“小説の神様”志賀直哉。近代化の進む東京を嫌った谷崎潤一郎は、やがて関西へと移住した。本書の読み所は、文豪たちが東京を通じて近代といかに向き合ったかにある。(2022.04.30発行)

 

亀井克之、杉原賢彦『フランス映画に学ぶリスクマネジメント』

ミネルヴァ書房 2530円

映画を使って「リスクマネジメント論」の講義をしている関西大教授の亀井。映画は「危機=クライシスなくして物語は始まらない」と言う映画評論家の杉原。2人が選んだ素材は「現実の人生を等身大で描く」フランス映画だ。『冒険者たち』ではリスクをとって夢に挑む道を探り、『死刑台のエレベーター』からジレンマにおける決断の仕方を学ぶ。他に『男と女』などが並ぶ名画案内でもある。(2022.04.20発行)

 

香山リカ『デジタル依存症の罠~ネット社会にどう対応するか』

さくら舎 1650円

精神科医の著者は、「依存症」の特性を挙げている。強迫的な欲求、コントロール障害、他の興味を無視するなどだ。現在、ネットやSNSから離れられない人は多く、しかも自覚がない。「デジタル依存症」に陥って、現実の価値観さえ変わってしまう場合もある。まずは自分の「現在地」を知ること。著者が提示する、ローリスクからハイリスクまで段階別の「処方箋」が回復へと導くはずだ。(2022.05.11発行)

 

斉加尚代『誰が記者を殺すのか~大阪発ドキュメンタリーの現場から』

集英社新書 1034円

著者は毎日放送のドキュメンタリー・ディレクター。これまで難しいテーマに果敢に挑んできた。沖縄の基地反対運動や地元ジャーナリズム、教科書に象徴される国家と教育の関係、さらにネット上でのバッシングの深層などだ。本書では、これらの作品の制作過程を明かしながら、民主主義の溶解と報道の危機に対して警鐘を鳴らす。巻末の『バッシング~その発信源の背後に何が』の台本も貴重だ。(2022.04.20発行)

 

林 洋海『印象派とタイヤ王~石橋正二郎のブリヂストン美術館』

現代書館 2200円

2020年に開館したアーティゾン美術館の前身がブリヂストン美術館だ。創業者、石橋正二郎が所蔵したモネやルノワールの作品が並んでいる。本書を読むと、印象派の絵画に魅了された石橋の蒐集活動が主に敗戦直後だったことに驚く。しかも旧家からの買取りでは相手の言い値か、それ以上を支払ったという。青木繁や藤島武二など巨匠たちとの交流が、稀代のタイヤ王に与えた影響も興味深い。(2022.04.20発行)

 

宮沢和史『沖縄のことを聞かせてください』

双葉社 2420円

シンガー・ソングライターの著者が作詞・作曲した「島唄」は、誕生から30年が過ぎた今も多くの人に歌い継がれている。ただし、沖縄は自らの故郷ではない。それなのになぜ、沖縄と関わり続けてきたのか。沖縄に何を見て、何を感じ、何を考えてきたのか。本書にはその答えが詰まっている。真摯な論考はもちろん、具志堅用高を始めとする多くの沖縄人との対話が、復帰50年の現在を逆照射する。(2022.05.01発行)

 


『魔改造の夜』に見る、モノづくりニッポンの底力と可能性

2022年09月01日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

「魔改造の夜」

(NHK・BSプレミアム)

「モノづくりニッポン」の底力と可能性

 

20日と27日、2週連続で「魔改造の夜」(NHK・BSプレミアム)の新作が放送された。

魔改造とは「リミッターを外し、大人気ないパワーのモンスターに改造する行為」だ。

これまでポップアップトースターで食パンを高く飛ばしたり、太鼓を叩くクマのおもちゃに瓦割りをさせたりしてきた。

第5シリーズの今回は、「ネコちゃん落下25m走」と「電気ケトル綱引き」だ。

前者は、歩くネコのおもちゃを6mの高さから地上に落とし、さらに25m先のゴールまで走らせるというもの。

落下しても壊れない構造と、着地後すみやかに自走するシステムを持つスーパーネコちゃんの開発に挑むのは技術系有名企業3社だ。

競技が始まる前、各社への1ヶ月半にわたる密着ドキュメントが流されるが、これがすこぶる面白い。

方針の検討に始まり、設計、試作品作り、テストを繰り返す。何度も壁にぶち当たるのだが、独自の発想と技術力で突破していくのだ。

また「電気ケトル綱引き」も同じ3社が競い合った。ケトルが噴き出すわずかな蒸気をエネルギーにして綱引きをする怪物マシンたち。

中には思うように動かず落胆するチームもあった。

魔改造倶楽部顧問の伊集院光が「悪夢を見ていい場所で見られてよかった」と励ましていたが、各社とも「モノづくりニッポン」の底力と可能性を十分感じさせてくれた。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2022.08.31)