内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

倫理の形象化としての詩的表現 ― 漱石名句集(2)

2014-01-16 00:47:00 | 詩歌逍遥

菫ほどな小さき人に生まれたし

 作句の背景を抜きにして、表現そのものから解釈してみる。もちろん一廉の評釈などという大それたことを試みようというのではなく、以下に記すのは、この句が私に引き起こした反応の走り書きにすぎない。
 「生まれたし」と願望を表現しているのだから、「今度生まれてくるとしたら」というような条件が暗黙の内に前提されているとも読める。しかし、だからといって、この世では叶わぬ夢に憧れているということでもなく、理想とはかけ離れた現実の自分を反省しているということでもなさそうである。むしろ、このような願望を持ちつつこの世を生きていこうという秘められた決意が、慎ましく微笑ましい仕方で示されていると読めるのではないであろうか。「こうあるべき」とか「こうするべき」とあからさまに言うことなしに、誰でも身近に目にすることができる道辺の可憐な菫に注がれる詩人の目がそれを人の有り方の理想と捉え、「菫ほどな小さき人」という具体的形象によって、人間としての品位が見事に表現されていると私は読みたい。