内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「未来は私たちにとってまったく現存しない」― パスカルのロアネーズ嬢宛書簡より

2021-04-19 10:50:53 | 哲学

 昨日の記事で全文引用した『パンセ』の断章に示されたパスカルの過去・現在・未来についての考え方は、1657年1月の友人ロアネーズ公爵の妹シャルロット宛の手紙の中にすでに示されている。セリエ版の脚注には、書簡の該当箇所が引用されている。同嬢宛の九通の書簡は、Desclée de Brouwer 版全集第三巻(1991年)に収録されており、プレイヤード叢書版二巻本パスカル著作集第二巻(2000年)にも全書簡が収録されている(ただし書簡の原本は現存せず、「抜粋」の六写本が伝わるのみ)。邦訳は、白水社の『【メナール版】パスカル全集』第二巻(1994年)に全通収録されている。この邦訳全集には、訳者石川知広氏による解題が書簡の前に付されており、シャルロット嬢とパスカルとの「霊的」交流について簡にして要を得た記述をそこに読むことができる。さらに、書簡の後には、同じく石川氏による詳細な解説(全書簡の長さに匹敵する長さ)があるのだが、それは後日別途紹介することにして、今日のところは、パスカルがシャルロット嬢に送った一連の「心霊指導」の手紙の中の当該の一節の仏語原文と白水社版全集の邦訳を引用するにとどめる(書簡のこの箇所は、岩波文庫版『パンセ(上)』(2015年)にも注に邦訳が示されている)。

 Le passé ne nous doit point embarrasser, puisque nous n’avons qu’à avoir regret de nos fautes. Mais l’avenir nous doit encore moins toucher, puisqu’il n’est point du tout à notre égard, et que nous n’y arriverons peut-être jamais. Le présent est le seul temps qui est véritablement à nous, et dont nous devons user selon Dieu. C’est là où nos pensées doivent être principalement comptées. Cependant le monde est si inquiet qu’on ne pense presque jamais à la vie présente et à l’instant où l’on vit, mais à celui où l’on vivra. De sorte qu’on est toujours en état de vivre à l’avenir, et jamais de vivre maintenant.

 過ぎ去ったことにけっして煩わされてはなりません。どうせ罪を悔やむことにしかならないからです。しかしそれにもまして、未来のことに心動かされるべきではありません。未来は私たちにとってまったく現存しないもので、それに追いつくことはおそらくけっしてないからです。本当に私たちのものである時間は現在だけですし、神のみ心に従って私たちが用いるべきものも現在だけなのです。何よりもまず現在においてこそ、私たちの思念は考慮に値するのでなければなりません。なのに、世はじっと落ち着いていることができず。そのあまり、ほとんど誰も現在の生活と自分が現に生きているいまの瞬間のことは頭になく、頭にあるのはただ、これから自分が生きることになる瞬間だけなのです。その結果、ひとは常に未来を生きるという羽目になり、けっして現在を生きることはできません。