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春は、あけぼの。やうやう白くなりゆくやまぎは少し明かりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
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早いときは小学5年生、少なくとも中学2年生までに習うと言われる有名な『枕草子』の冒頭部分だ。
だいたい、西暦1000年(平安時代)に清少納言が書いた随筆集である。随筆というのは、物語でなく、筆者の思ったことを書いていったエッセイのこと。『枕草子』『方丈記』『徒然草』らを三大随筆という。とまあ、手堅くまとめておいてと。
私がとりあえずここで書くのは、なぜ、1000年残ったのだろうかという話である。共通テストでは、思考力を問う問題として複数の文章が同時に出る可能性が高い。なので、その練習として、文法やら単語はいったん置いといて、この文章から言えること、そして、千年(ここから漢数字に表記を変えます)残った背景などを「春はあけぼの」の一文から説明しておきたいのである。一文の奥深さが伝わりますように。
「春はあけぼの。」この冒頭部分が千年残る文学にしたと言っても過言ではない。
なぜかって? 「春」と聞いて君はなにをイメージするかな。特に自然関係で。つまり、入学式とかはなしで。
たとえば、桜(古文では多くの場合「花」といったら桜!)とか。そういうのを思い浮かべないかな。それなのに「あけぼの」というのだ、彼女はね。あ。清少納言って女性だよ、念のため。
日本人は季節に敏感である。どれくらい敏感かというと、例えば俳句には必ず「季語」を入れる。その季語を集めた「歳時記」という分厚い本(図書館にいって確かめてみよう)があるくらいだ。
また、ユネスコ無形文化遺産に「和食」が指定されていて、その指定理由の中に「自然の美しさや季節の移ろいの表現」があるんだよ。
さて、『古今集』という「勅撰和歌集」がある。最初の「勅撰和歌集」(九〇五年)である。「勅撰」というのは天皇の命令で選ばれたということ、つまり、国家的事業である。その和歌集がどういう分類でできているかというと、出だしは「春」なの。
国家事業である勅撰和歌集である『古今集』は春の歌から始まっている。そして、春はおろか、その中に、他の季節にも恋の歌にも、な、なんと「あけぼの」は一度も使われていないのである(国際日本文化研究センターの全文検索による)。
国家事業である勅撰和歌集「古今集」1111首(並ぶと気持ちいい数字だね)にない春を発見した。すごくないか、それって。季節を代表するものを新しく発見する。そこの偉大さを教えずに自分の枕草子を書こうという教育はどうかと思う。そんな学校があるそうで。
学研全訳古語辞典だと、この部分は「春は夜明け方がよい」と訳している。「春はあけぼの」のどこにも、「よい」という言葉はないね。私は「をかし」が省略されていると習った。
最近は省略を重んじて「がよい」「は情趣がある」「は趣(おもむき)がある」と補うのは止めたのかなあ。
私が初めて読んだ枕草子の「がよい」「は趣がある」などと訳出しないのに出会ったのは橋本治さんの『桃尻語訳 枕草子』で「春って曙よ!」だった。私が尊敬している大伴茫人(私の現代文の恩師、田村秀行師が正体である)編の『日本古典は面白い 枕草子』は「春は、曙(あけぼの)のころ」と訳している。
一歩間違えると、単なる省略に見えるかもしれない。けど、深い意味を持っている。それは読み手への信頼、読み取る能力があるという信頼、清少納言の自信、わからせる力があるという自信なしには書けない。この信頼と自信が千年のときを越えて人々に読まれたのだ。
『桃尻語訳 枕草子』は1987年当時の女子高生が話すような言葉で訳したもの。非常に面白い試みだったし、註を読むと古文常識が一通り手に入る良著。入手も比較的しやすい本だろう。ただ、80年代の日本語は令和の君たちにはきついかもしれん、逆に。
『日本古典は面白い 枕草子』は第一部をエッセイ的な内容と、第二部を「実録」(事実を記録したもの)とに分けて作品の本質をあぶりだそうという野心的な本。元からあった本を再編集しているから大伴茫人「編」になるわけ。これは入手が難しいかもしれないけど、お勧めしておこう。
信頼と自信の部分は私の解釈です。お褒めの言葉、ありがとうございます!
しかし、ゼミで枕草子をやっていらしゃった方に読まれてしまうとは。
照れるというか、ひるむというか。
コメントをいただけて、書いて良かったと思いました。繰り返しになりますが、ありがとうございます。
春を形容する言葉に「あけぼの」はなかった。
なんと私は国文科で枕草子のゼミを取っていて、教授は「枕草子」の3つの謎が解けなくて(なにかは知りません)イタコに清少納言を呼び出してもらったそうですが、「そんな昔のことは忘れた。」と言われたそう。
その教授にして
あけぼのが良い…とかとは違う。読者の感性を信じた言葉。そんな観点から教わったことも見たことなかったです。
とってもおもしろいです!
なるほど、
「良い」は良いか悪いかを評価する言葉、「趣きがある」はまだマシだけれど、評論している感じがして、心と距離がある感じがする。
目からウロコでした。ありがとうございます。