中学生、高校生初級用なので知識がなくても読めるようにふり仮名と注が多い文章になっている。ただし、古い文章なので読みにくい面もあると思う。注の多さも煩わしいかも。注は読み飛ばしていいよ。
国語が苦手な生徒さんは10点(半分)を目標に。満点を取った人は難問も2問ほどあるので、がんばったと思う。
【問題】
次の文章は八時半から祖父の法事がある家での出来事である。信太郎は、祖母に起きろ、起きろと何度も言われたので、不快になり、あえて起きなかった。以下の文章は、その場面の直後から始まっている。
いつも彼に負けない寝坊の信三(しんぞう)(※1)が、今日は早起きをして、隣の部屋で妹の芳子(よしこ)と騒いでいる。
「お手玉、南京(なんきん)玉、大玉、小玉」とそんな事を一緒に叫んでいる。そして一段声を張り上げて、
「その内大きいのは芳子(よっこ)ちゃんの目玉」と一人が言うと、一人が「信三さんのあたま」と怒鳴(どな)った。二人は何遍(なんべん)も同じことを繰り返していた。
また、祖母が入って来た。信太郎はまた起きられなくなった。
「もう七時になりましたよ」祖母はこわい顔をしてかえって丁寧(ていねい)に言った。信太郎は七時のはずはないと思った。彼は枕の下に滑り込んでいる懐中(かいちゅう)時計(どけい)を出した。そして、
「まだ二十分ある」と言った。
「どうしてこうやくざだか……」祖母は溜息(ためいき)をついた。
「一時にねて、六時半に起きれば五時間半だ。やくざでなくても五時間半だと眠いでしょう」
「宵(よい)にねろと言っても聞きもしないで……」
1信太郎は黙っていた。
「すぐお起き。おっつけ福吉(ふくよし)町(ちょう)からも誰か来るだろうし、坊さんももうお出でなさる頃だ」
祖母はこんな事を言いながら、自身の寝床をたたみ始めた。祖母は七十三だ。よせばいいのにと信太郎は思っている。
祖母は腰の所に敷く羊の皮をたたんでから、大きい敷布団をたたもうとして息をはずませている。祖母は信太郎が【 A 】と思っている。ところが信太郎はその手を食わずに故意に冷ややかな顔をして横になったまま見ていた。とうとう祖母は怒り出した。
「 B 」と言った。
「年寄りの言いなり放題になるのが、孝行なら、そんな孝行は真っ平(まっぴら)だ」彼も負けずに言った。彼はもっと毒々(どくどく)しい事が言いたかったが、しくじった。ぁ文句も長すぎた。しかし祖母をかっとさすにはそれで十二分だった。祖母はたたみかけをそこへほうり出すと、涙を拭(ふ)きながら、烈(はげ)しく唐紙(からかみ)(※2)をあけたてして出て行った。
彼もむっとした。しかしもう起こしに来まいと思うと楽々と起きる気になれた。
彼は毎朝のように自身の寝床をたたみ出した。大夜着(おおよぎ)から中の夜着、それから小夜着(こよぎ)(※3)をたたもうとする時、彼は不意に「2ええ」と思って、今祖母がそこにほうったように自分もその小夜着をほうった。
彼は枕元に揃(そろ)えてあった着物に着かえた。
3あしたから一つ旅行をしてやろうかしら。諏訪(すわ)(※4)へ氷滑(こおりすべ)りに行ってやろうかしら。諏訪なら、この間三人学生が落ちて死んだ。祖母は新聞で聴(き)いているはずだから、自分が行っている間少なくも心配するだろう。
押入(おしい)れの前で帯を締(し)めながらこんな事をかんがえていると、また祖母が入って来た。祖母はなるべくこっちを見ないようにして乱雑にしてある夜具のまわりを廻(まわ)って押入れを開けに来た。彼は少しどいてやった。そして夜具の山に腰を下ろしてぃ足袋を穿(は)いていた。
祖母は押入れの中の用(よう)箪笥(だんす)(※5)から小さい筆を二本出した。五六年前信太郎が伊香保(いかほ)(※6)から買ってきた自然木のやくざな筆である。
「これでどうだろう」祖母は今までの事を忘れたような顔をわざとして言った。
「何にするんです」信太郎の方はわざとまだ少しむっとしている。
「坊さんにお塔婆(とうば)(※7)を書いて頂(いただ)くのっさ」
「駄目(だめ)さ。そんな細いので書けるもんですか。お父さんの方に立派なのがありますよ」
「お祖父(じい)さんのも洗ってあったっけが、どこへ入ってしまったか……」そう言いながら祖母はその細い筆を持って部屋を出ていこうとした。
「そんなのを持っていったって駄目ですよ」と彼は言った。
「そうか」祖母は素直に戻って来た。そして丁寧にそれをまた元の所に仕舞(しま)って出て行った。
信太郎は急におかしくなった。旅行もやめだと思った。彼は笑いながら、そこにくちゃくちゃにしてあった小夜着を取り上げてたたんだ。敷布団も。それから祖母のもたたんでいると彼にはおかしい中(うち)に何だか泣きたいような気持ちが起こって来た。涙が自然に出て来た。物が見えなくなった。それがポロポロ頬(ほお)へ落ちて来た。彼は見えないままに押入れを開けて祖母のも自分のも無闇(むやみ)に押し込んだ。間もなく涙は止まった。彼は胸のすがすがしさを感じた。
彼は部屋を出た。上の妹と二番目の妹の芳子とが隣の部屋の炬燵(こたつ)にあたっていた。信三だけ炬燵(こたつ)櫓(やぐら)(※8)の上に突っ立(つた)って威張っていた。信三は彼を見ると急に首根を堅くして天井の一方を見上げて、
「銅像だ」と力んで見せた。上の妹が、
「そう言えば信三は頭が大きいから本当に西郷(さいごう)さん(※9)のようだわ」と言った。信三は得意になって、
「偉いな」とひじを張って髭(ひげ)をひねる真似(まね)をした。和(やわ)らいだ、しかし、寂しい笑顔をして立っていた信太郎が、
「西郷隆盛に髭はないよ」と言った。妹二人が「わーい」とはやした。信三は
「しまった!」といやにませた口をきいて、櫓を飛び下りるといきなり一つででんぐり返しをして、おどけた顔をわざと皆の方へ向けて見せた。
1 信三・・・信太郎の弟。
2 唐紙・・・いろいろな美しい模様などがついている厚手の紙をはった障子。ふすま。
3 大夜着・夜着・小夜着・・・いずれも寝具の一種。そでのついた布団のようなもの。
4 諏訪・・・長野県南信地方の都市で、諏訪湖に隣接する。
5 用箪笥・・・雑多な手まわりの物を入れておく、小さいたんす。
6 伊香保・・・群馬県渋川市伊香保町のこと。温泉で有名。
7 お塔婆・・・一般に、死者を弔うために墓のうしろに立てる、塔(とう)の形をかたどった薄くて細長い板。
8 炬燵櫓・・・こたつの熱源となるものの上に置くやぐら。
9 西郷さん・・・西郷隆盛のこと。明治維新時の偉人で、東京の上野公園にある銅像が有名。
問一 傍線部 あ文句 い足袋 の読みをひらがなで書きなさい。
問二 傍線部1「信太郎は黙っていた」のはなぜか。その理由を説明しているものとして最も適当なものを次のア~エの中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア 祖母に正しい反論をされてしまい、言い返せなかったから。
イ 起きないで寝たふりをすることに決めたから。
ウ 懐中時計が気になってしまい、祖母の発言に関心が持てなくなったから。
エ 隣の部屋が信三のせいでうるさく、会話が成り立たなかったから。
問三 空欄【 A 】に入るのに適当な内容を一〇字以内で考えて文を完成させなさい。
問四 空欄Bに入るのに最も適当な語句を選びなさい。
ア あまのじゃく イ ひねくれ者 ウ 不孝者 エ 不幸者
問五 傍線部2「ええ」に込められた感情として最も適当なものはなんですか。
ア 喜び イ 怒り ウ 哀しみ エ 楽しさ オ ためらい
問六 傍線部3「あしたから一つ旅行をしてやろうかしら」と思いついた理由を四十字以上五十字以内で書きなさい。
問七 信太郎が祖母に配慮する行動を最初に示した一文を探し、その初めの四文字を書きなさい。
問八 次の会話は先の小説の読後の感想であるが、内容が不適当なものを次から二つ選び、記号で答えなさい。
ア この作品は志賀直哉の最初の作品とされているんだけど、さすが「走れメロス」の作者なだけあって、心情描写が細かいね。
イ 祖母が信太郎の買ってきた筆にこだわっている姿を見て、祖母の愛情を理解して、信太郎も心を変化させていくのをさりげなく書いているのも、魅力的な作品ね。
ウ 僕は信太郎と信三との間の冷たさが気になるな。片方は寝床で片方は遊んでいる。会話などがまったくないよね。
エ 祖母に対して本当は素直に振舞いたかったんだろうね。だから、敷布団をたたむときに泣きたい気持ちになったんだろうね。
オ うん、そこは大事な場面だと思うわ。「祖母のも自分のも無闇に押し込んだ」という短い表現で二人の間のわだかまりがなくなったことも表現しているのね。本当に表現がうまいわね。
カ わだかまりがなくなったから、その直後に「すがすがしさを感じた」んだね。そう考えると信三という幼い子どもは純粋で素直な子どもとして信太郎と対比の関係にあるんだね。
〈解答と採点基準〉(20点)
問一 あ もんく い たび(各1点)
問二 イ (2点)
問三 起きて手伝うだろう (2点)
問四 ウ (2点)
問五 イ (2点)
問六 (解答例)(4点)
祖母が新聞で知っているはずである氷滑りの死亡事故があった諏訪に行くことで祖母に心配させるため。
問七 彼は少し (2点)
問八 ア・ウ (各2点)
問三 起きて手伝う・だろう
「その手」の被指示になっていることと主語が信太郎であることがポイント。
「起きて」か、「手伝う」があれば1点。
推量表現があれば1点。「べき」「しろ」などの命令表現は加算なし。
「てにをは」「誤字」は1点減点。
問六 (祖母が)(新聞で)知っているはずである/(氷滑りの)死亡事故があった/諏訪に行くことで/祖母に心配させるため。
各要素・・・1点加点(4点満点)
誤字・・・1点減点
文末が理由表現でない場合・・・1点減点
「てにをは」のミス・・・1点減点 ※各要素の減点は1点まで。
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