旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

シシングハースト(城)の塔と庭

2020-04-09 05:14:08 | イギリス
2011年5月イングランド南部をめぐる《手造の旅》+2005年3月
五月の南イングランドらしい青空にルーピン(のぼり藤)と古城の残りにみえる塔。

シシングハースト城は、実は13世紀ごろから貴族のマナーハウスがあった。
王が滞在したこともあったが、所有者は移り、第一次大戦には戦争捕虜の収容所になったりもした。

↑壮大なマナーハウスは姿を消し、ひとつの塔と平屋の小さな家がのこっているだけ。

塔をのぼる↓

↓まわりはよく手入れされた緑の海

ここの見所はなんといっても庭

イギリス庭園は自然に見えるが手がはいっている。

このイギリス屈指の人気庭園はしかし、戦争捕虜の収容所に使われたあと荒れ果てていた。
「農場」として売りに出されてしまったほどに。

★1930年になってここを所有した外交官と詩人の夫妻

ヴィタ(ヴィクトリアの愛称)サックヴィルーウェストは16世紀ケント伯爵の末裔になる名門の生まれ。
彼女は若い頃から詩や小説の才能に恵まれ、十代でイタリア貴族から求婚された美貌でもあった。

しかし、本人は女性が好き。
21歳の時に結婚してすぐに子供まで授かったのだけれど、後年「結婚したのは人生最大の失敗だった」と書き残している。
十歳年長の小説家ヴァージニア・ウルフにあこがれ、
子供が大きくなってからも女性の恋人とフランスへ逃避行して、
二人の夫たちがチャーター機で連れ戻すようなことまであった。


夫のハロルド・ニコルソンと1930年にシシングハーストに移り住んだことは、彼女にとって大きな転機になったのではないかしらん。

そんなに仲はよくなくても、芸術的センスに恵まれた二人が少しずつつくりあげていった庭は、イギリス屈指の名園となったのだから。

大きなシェパードと二人の子供と住んだシシングハーストは、同性愛の彼女にも「幸福」を与えてくれたのではないかしらん。

彼らの住んだ雰囲気が、今も残されている。


併設されている簡単なレストランで新鮮な野菜をつかったランチプレートをいただきました(^.^)

コメント
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