ご苦労さん労務やっぱり

労務管理に関する基礎知識や情報など。 3日・13日・23日に更新する予定です。(タイトルは事務所電話番号の語呂合わせ)

労災給付に不服があった場合、会社が訴えを起こすことは可能か?

2023-06-13 09:59:46 | 労務情報

 業務上の災害により傷病を負った(または死亡した)労働者またはその遺族(以下、本稿では遺族を含めて「被災労働者」と称する)は、国(直接的には労働基準監督署)に対して、労働者災害補償保険(以下、「労災保険」と略す)に基づく給付を請求することができる。
 そして、この関係における当事者はあくまで「被災労働者」と「国」であるので、会社(事業主)は、国の判断に不服があった場合でも、「意見を申し出ることができる」(労災保険法施行規則第23条の2)に過ぎず、訴えを提起できない、と(従来は)考えられてきた。

 しかし、先般、この考え方を覆す裁判例(東京高判R4.11.29)が出されて物議を醸している。
 これは、労災保険の給付が認められた被災労働者の雇い主である一般財団法人がその取り消しを求めた事件で、一審の東京地裁は「事業主には原告適格なし」として訴えを却下したが、二審の東京高裁が「原告適格があるものとして審理せよ」と差し戻したものだ。 結審はまだ先になりそうだが、労災保険制度の根幹に影響しかねない問題として識者間で賛否両論が交わされている。

 では、なぜ事業主がそんな訴えを提起するかというと、業務災害の有無によって労災保険料が増減するからだ。これは、「メリット制」と言い、一定規模以上(継続事業の場合、「労働者100人以上」または「労働者20人以上かつ災害度係数0.4以上」)の事業場において、業務災害の有無により翌年度以降3年間の労災保険率を最大40%増減する仕組みだ。
 そのため、事業主は「業務災害と認定される」のを大変に嫌う。 上述の差し戻し審においても、東京高裁は「労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがある」と判示している。

 一方で、厚生労働省に設置された「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」は、次のような報告をまとめている。
  1.労災保険給付支給決定に関して、事業主には不服申立適格等を認めるべきではない
  2.事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応として以下の措置を講じる
   ア)労災保険給付の支給要件非該当性に関する(行政手続き上の)主張を認める
   イ)支給要件非該当性が認められた場合は労働保険料に影響しないように対応する
   ウ)支給要件非該当性が認められた場合でも、被災労働者への給付は取り消さない

 つまり、行政部局内に事業主の不服の受け皿を用意してメリット制による保険料計算を斟酌する余地を設けつつ、「被災労働者の迅速・公正な保護」という労災保険制度の趣旨は堅持する立場のようだ。 裁判所の判断とは解決の方向性が異なる点が興味深い。
 今後の議論の行方を注視したい。

 ところで、一部には、メリット制の廃止を唱える向きもある。
 しかし、メリット制は、労災事故を起こさないための事業主への動機づけとなり、また、労災事故を起こした事業主に対する“ペナルティー”として機能しているのも事実であるので、“見直し”ならまだしも“廃止”はさすがに難しいだろう。


※この記事はお役に立ちましたでしょうか。
 よろしかったら「人気ブログランキング」への投票をお願いいたします。
 (クリックしていただくと、当ブログにポイントが入り、ランキングページが開きます。)
  ↓

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする