街のイメージは、そこにある史跡や文化財によって決まるのではないかしら…
何度か訪れている栃木県足利市も
そんな街です。
街を歩いてみると、昔からの蔵や民家を改装したカフェやブティック、その近くに神社仏閣などが点在し、
古いものと新しいものとがバランス良く構成されている印象です。
特に足利学校の周辺には、教育の中心だった儒学の祖である孔子の像や、旗に織られた論語の教えが
至る所にモニュメントのように飾られ、
それらを声を出して詠みながら歩いていると不思議なくらい言葉がスーッと頭に入って来て素直な気持ちになれます。
高校時代、漢文が大の苦手だった私ですが、
この歳になって、ようやく孔子の教えの意味がわかるようになって来ました。
(~_~;)
五十にして天命を知る。
六十にして耳順がう。
手の怪我程度で済まなければ今日足利には来れなかったかも知れないのです。
因みに第三月曜日は、足利学校の休館日でしたが、
その分、鑁阿寺境内をゆっくり歩き、
縁結びで知られる織姫神社の石段を上がって足利市内を一望しながら、
先週の今頃は救急病院で痛みに耐えていた事を思い、
無事に過ごせた今日一日に感謝しました。
足利はやはり“学びの街”です。
清水由美
何度か訪れている栃木県足利市も
そんな街です。
街を歩いてみると、昔からの蔵や民家を改装したカフェやブティック、その近くに神社仏閣などが点在し、
古いものと新しいものとがバランス良く構成されている印象です。
特に足利学校の周辺には、教育の中心だった儒学の祖である孔子の像や、旗に織られた論語の教えが
至る所にモニュメントのように飾られ、
それらを声を出して詠みながら歩いていると不思議なくらい言葉がスーッと頭に入って来て素直な気持ちになれます。
高校時代、漢文が大の苦手だった私ですが、
この歳になって、ようやく孔子の教えの意味がわかるようになって来ました。
(~_~;)
五十にして天命を知る。
六十にして耳順がう。
手の怪我程度で済まなければ今日足利には来れなかったかも知れないのです。
因みに第三月曜日は、足利学校の休館日でしたが、
その分、鑁阿寺境内をゆっくり歩き、
縁結びで知られる織姫神社の石段を上がって足利市内を一望しながら、
先週の今頃は救急病院で痛みに耐えていた事を思い、
無事に過ごせた今日一日に感謝しました。
足利はやはり“学びの街”です。
清水由美