すぐ近くに車が止まったと同時に、いきなり玄関のチャイムが鳴った。
( 誰だろう?こんな時間に…)
時計を見ると22時10分。
階下で夫が誰かと話している…
玄関先からくぐもったような男の声が聞こえている…
どうやら、
夫が玄関ドアを開けて家に入れたらしい…
( なんと無防備な…)
こんな時間に見ず知らずの人間を家の中に入れるなんて…
奥の部屋ではHalが吠えている。
夕食時から飲み始め、
ほろ酔い加減の夫は、気が大きくなっているのか、警戒心の欠片もないようだ。
リビングと玄関の間のガラスドアから覗くと、
グレーのウィンドブレーカーに黒っぽいズボンの、背の高い頬のこけた60前後の男性が玄関の中に入り込んで立ったまま何かを見せながら夫に尋ねている。
「◯◯さんなんて人はこの近所にはいないですよ、この奥は◇◇さんとウチだけなんで」
と、
夫はまた余計な事をペラペラと喋っている。
私は、万が一を想定して110番できるようスマホを握りしめて
その様子をじっとドアの隙間から凝視した。
「番地は◯◯の◇◇ですよね?」
と男は、再び夫に尋ねるが、
そんな番地がある事を夫が知るわけがない。
「わかんないなぁ」と答えた夫に
ついに諦めたらしく、男は帰って行った。
再び車のエンジン音がして、
砂利道をゆっくり登っていくタイヤの軋む音が聞こえた。
男が帰った後で気づいたのだが、男は妙な臭いがしていた。
夫の身体から発せられる酒の臭いとも違う。
男が出て行った玄関にも、臭いが残っていたが
何かの薬の臭いだろうか…。
男が帰った後で、
私は夫の無防備な対応を諫めた。
もし、強盗だったら?
相手が凶器を持っていたらどうするのかと。
「強盗はチャイムを鳴らさないだろう?」
と夫は言う。
宅配便を装った強盗がいる事を知らないのか?
殺人事件や強盗事件が、
人里離れた田舎でも頻繁に起こっている事を知らないのか?
もし、私が夜の10時過ぎに同じ事をしたら無防備だとは思わないか?
…と、
矢継ぎ早に夫を責めた。
「確かに無防備だったなぁ」
と苦笑しながら、少しだけ反省した様子だが
問題は、まだある。
近所に誰彼が住んでいる等を言ってしまった事だ。
個人情報を伝えた事で、今後、迷惑がかかる可能性もある。
もしかしたら、犯罪の下見に来た可能性だってあるのだから…。
いくら猛犬が居て、
防犯カメラが付いているからと言っても、
用心せねば。
夜10時過ぎに、
見ず知らずの家のチャイムを押して、どこかの家の番地を尋ねること自体が普通ではないのだから…。