二つ星の空

(旧「風からの返信」-11.21.09/「モーニングコール」/「夢見る灯台」/「海岸線物語」)

星空から 風が運ぶ 優しい旋律に

2010-08-16 23:51:49 | コブクロ
「天才は神(運命)の器
役目を果たす時、至福の時となる」

盆の里帰り帰省が終わり、日常が戻ってきました。

録画しておいたMusic Lovers(コブクロ名曲カヴァーライブ)を観て、上記のような感想を持ちました。

カバーソング、特にI Love Youを歌っている時の彼らが何だか嬉しそうで、彼ら自身が、名曲をこの世に「降臨」させる喜びを、全身で感じているようにさえ見えた。(例によって過剰な勝手読みですが(汗))それぐらい、響いてたなぁ。。。よかった。

「できる」人しか味わえない幸せ。それは、「神様の器」のように、普通の人間にはできないようなことを達成できるという、一瞬の全能感に近いものではないかと、思うことがある。努力と天性の融合の先に、、、オリンピック選手や、甲子園球場に立つ高校球児や、稀なる芸術家が、一般人とは分かち合えないが故に語ろうとはしない、その幸福な世界。

羨ましいような、憧れるような、微笑ましいような、、、おいらは完璧ミーハーでよかった。自分で感じることができなくても、そんな瞬間に立ち会うだけで幸せになるから。(だからオリンピック観戦とか、名演と言われる音楽会を観るのは、ぞくぞくするくらい好きだ)

原曲のファンによっては、「他の歌手が歌う」という事実だけでも受け止めきれない人もいるのかな。

おいらは、音楽自体が大好きだから、気持ちよく聴ければ、それで幸せです。
もちろん、ベートーベンはカラヤンだね、とか、モーツァルトだったら○○氏(その時によって違う(爆))のオーボエが好き、とかいろいろありますが、みんな素敵じゃないですか♪それと同じ。ピアノだって、クライバーン大好きだけど、もちろんピアニストみんな個性があって、それぞれ素晴らしいと思う。歌唱もそれに似ている。ポップスは演者の個性と一体化して楽しまれている部分があるから、カヴァーはとかく「似ている」「似ていない」「原曲のイメージを云々」という論議があるが、要は、どれだけ原曲とその関係者を尊重しつつ、曲を輝かせて表現してるか、じゃないのかなぁ。

そんなわけで。ALL COVERS BESTの発売まで、あと10日を切りました。これからコブクロのメディアを通したプロモーション活動が盛んになると思うと、夏の疲れが少しはがれる感じがします^-^

皆様も、どうか元気で
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「真夏のオリオン」~鎮魂歌と、英雄達~

2010-08-16 22:59:18 | Weblog
つれづれなるままに、、、おっと、天下の名文をぱくってはいけません(汗)


久々に日常に戻ってきました。

与太話その1:
最近連日の猛暑と台風と雨はびっくりですね。。。と、おお、そういやおいら、「少し水をください」って書き込んでたんだっけ。神様ありがとうございます。(実際、おいらの地域には救いの雨だったと思う)


与太話その2:
炎天下の中、野外にいたら、蝉がおいらに飛び込んできて、激突して逃げていきました(苦笑)。
「何でこっちに?何と間違えたんだ?」と自問したら、家族に「そこにある桜の木と間違えたんでしょ(笑)」と指摘されました。んなアホな。(汗)


そんな平和な毎日です。明日からはまた崖っぷち。

逃げるな。目をつむるな。下を向くな。


昨日見た「真夏のオリオン」、初めて見たけど、よかったです。
勇敢で高潔な彼らの描かれ方に、感謝。凛々しいその姿に感涙。


ハーモニカの旋律によって、人間が人間に戻ることができた。
いいなぁ。。。

みんな、彼らのように、戻って来れたらよかったのに、ね。

帰って来れなかった祖父が、どんな悲惨な運命だったとしても、どんな生き様だったとしても、祖父のことを、心から尊敬する。心から悼む。

様々な生と、様々な死が、あった。
祖父の死は、その中の一人の死であり、生だった。

26才か27才だったという。祖父の姿を、「真夏のオリオン」の英雄達に重ねてみたくなった。

サイパンは、辛かっただろう。星空は、見えただろうか。


戦後65年。70代の高齢者が、その親の所在を「知らない」と答えた、という今日この頃。彼らは、戦中生まれの世代。幼い時に終戦を体験した世代だ。


様々な時代の傷は、今も残っているのだろうか。それとも、時に流されて、「なかったこと」にされていくのだろうか。



何気ない会話の中で、母は、靖国神社に行ったことがない、と言った。
70代の彼女は、今まで自分の父親が祀られている靖国神社を訪れる機会がなかった。一目見てみたい、と彼女は言う。行こうよ、とおいらは言う。おいらは、昨年、武道館を訪れた時、そこが靖国神社の隣なのだと初めて知って驚いた(苦笑)親不孝者だ。行き方はわかるから、一緒に行こうよ。

行こうよ。会いに行こう。おじいちゃんに。

「そこにはいない」と誰かが言ったって。では、どこにいる、と言うのだろう。
遺骨も遺品もなく、紙切れ一枚で告げられた、死だったのに。

靖国に帰ってくるから、と、祖母も信じているのだ。
娘である母が信じているのは、当然じゃないか。

人の気持ちは、そんなものだと思う。
帰る場所は、後から理屈や何かの都合で決められるものではないのだ。




おいらは、どこに帰るのだろう。

空を見上げて。



ああ、「三日月」が、空の向こうで聞こえるような気がする。
真っ直ぐに、生きることを希求するあの歌が、迷う心を導いてくれる気がする。

どこに帰るとしても。

あなたの胸の中に、還ってくる。



そう言ったのは「永久帰還装置」だったかな。違うかも(爆)。

酔っぱらってるつもりはないけど、酔っぱらいみたいな文章、すんません。

昨日の終戦記念日。いろんなことを考えました。
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