団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

♪僕の髪が 肩までのびて

2016-09-18 03:35:15 | 日記
昨日「SONGS 吉田拓郎 今だから人生を語ろう」の番組を録画で見ました。
拓郎さんがSONGSに出演されるのは初めてだとのことです。
テレビ嫌いになった訳をインタビューのアナウンサーに答えられていました。

東京に出てきて最初に出演したある歌番組で放送用に持ち歌のアレンジが変わることを知らなかったそうで、
フルコーラスで歌おうとしたため
この番組の司会者が「バカヤロー! 何やってんだ!!」と大きい声で怒鳴ってきた。
拓郎さんは当時の心境について「わっかんないじゃないか、説明しなきゃ」
「『バカヤロー』はなんだ、この野郎出てこい!』っていう気分になっちゃった」と振り返る。

そしてそれ以来、拓郎さんは「テレビは出ない。取材は受けない。
俺は俺の道を進むっていう感じになっちゃったんです」と語り、長らくテレビから距離を置いていたということ でした。

この話は笑えました。
拓郎さんらしいエピソードです。(笑)


 私にとって衝撃的だったのは、拓郎さんの「結婚しようよ」です。

♪僕の髪が 肩までのびて
君と同じになったら
約束どおり 町の教会で
結婚しようよ M・・・・♪


 もう社会人になっていましたが、まだ学生気分が抜けていませんでした。
学生の頃は当たり前のように長髪でした。
肩までは無理でしたが、ビートルズのマッシュルームヘアーを真似していました。
フォークでも明るいタッチの歌で、吉田拓郎の才能に惹かれました。

拓郎さんの最大のヒット曲は「旅の宿」のようですが、

♪浴衣の君は、すすきのかんざし
熱燗徳利(あつかんとっくり)の首つまんで
もういっぱいいかがなんて、みょうに色っぽいね♪

彼女の浴衣姿で飲んでみたいと思いましたね。(笑)

 かみさんと知り合った頃ベンチで話をしていましたら、
拓郎さんの「旅の宿」がラジオから流れてきました。
この歌まだ流行り始めた頃でしたので、この歌を話題にして
話しました。
どんな話をしたのかはまるっきり憶えていないですが、この歌が話のネタを
提供してくれたことに感謝します。(笑)

 拓郎さんが50代になってKinKi Kids(キンキ キッズ)と
知り合ったことに非常に感謝されていました。
50歳で、17、8の若者と話し合うなんてありえない。
彼らから、学んだことが多いと語っていらっしゃいました。

確かに50歳の時に17、8の若者と語り合うなんてないですよね。


拓郎さんは、「奥さんといることが一番楽しい!
自分の趣味は奥さん、あの人もそうだと思う」と語っていました。
奥さんといることが一番楽しい!
そんなことを言える拓郎さんて、幸せな男性ですね。(笑)

 「70、80歳になってもラブ・ソングを歌っていたいし、作りたい!
歌はなんと言われようとラブ・ソングですよ!」
と語られたのは共感しました。

70歳になって、初めて作られた「ぼくのあたらしい歌」。
恥ずかしそうに歌われていました。(笑)






永遠の嘘をついてくれ 吉田拓郎70歳 中島みゆき64歳  つま恋2006年9月23日土曜日秋分の日
コメント (8)
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